違法運送および制裁逃れ行為に対する米国の最新ガイダンス
米国は2020年5月14日にP&Iクラブなどの海上保険会社や船主、用船者などを含むさまざまな業界を対象としたGlobal Maritime Advisory(以下「ガイダンス」と記載)を発表いたしました。ガイダンスはこちらからご覧いただけます。
本ガイダンスは、シリアと北朝鮮に関するこれまでの勧告を更新、拡張するものです。本ガイダンスは、米国の制裁に違反する可能性のある取引に従事するリスクがある事業活動を行っている当事者に対して、米国政府が期待する相当な注意義務やその他のコンプライアンス関連活動のレベルについて詳細に説明しています。特に、イラン、シリア、北朝鮮を取り巻く制裁に適用され、米国および米国以外の企業の両方に関連する情報を提供するものです。
ガイダンスは、海事産業の以下の分野を対象としています。
- 海上保険会社
- 船籍登録管理者
- ポートステートコントロール当局
- 海運業界団体
- 商品取引業者、サプライヤー、ブローカー
- 金融機関
- 船舶所有者、運航者、傭船者
- 船級協会
- 船長
- 船員配乗会社
この文書の意義は、米国政府が、海事産業が制裁違反に関与した場合にどのような基準で判断するかを示そうとしたことにあります。これまで米国は、海事産業が制裁対象国へ商品やサービスを提供する役割を果たしていることを批判してきました。また、過去にコンプライアンスの実践が不十分であった、あるいは意図的な制裁違反に関与していると判断した企業に対して、米国は公表しているような措置を行ってきました。このような措置は、企業に深刻な影響を及ぼす可能性があり、極端な場合には、事業の継続が妨げられる可能性があります。
米国が期待する、海事産業におけるコンプライアンスの適切な実践とは何であるのかをこのガイダンスが明確にしようとしていることは、歓迎すべきものです。また、本ガイダンスの対象となる海事産業は、複雑な国内および国際的な規制の対象となることが多く、これらの規制が互いに相反する要件を課す可能性があると認識することも重要です。競争法、データ保護法、SOLAS条約などの国際条約の分野での相互抵触の解決については、本ガイダンスでは扱われていません。また、本ガイダンスは違法行為の疑いがある契約の終了に関し、困難を生じさせる可能性があります。例えば、船舶所有者やP&Iクラブが自発的に第三者機関や組織、私人、公人に対して情報を開示する際、監督を受ける国や地域において当局からの指示がない限り、こうした情報の開示には注意を払うべきです。例えば、英国に拠点を置くP&Iクラブの場合、監督機関やその他当局または制裁執行機関が定めた規則に基づいて、入港した船舶に関する情報を開示するようクラブに指示することができます。一方で、P&Iクラブが自発的に商業データベースへ報告することは、データ保護法や競争法の違反につながる可能性があります。
特に注目すべきは、船舶のAIS機器の使用または誤使用に焦点を当てていることです。海事産業に従事するすべての人にとって、SOLAS条約にて許可されていない状況で機器を停止することを含め、異常または不審な動きがないかどうか、そのような通信を監視することの重要性に疑いの余地はありません。国際グループのすべてのP&Iクラブは、現在、高リスク地域に入港する全船舶のAISを監視しており、最近、AISと船舶の監視に特化した特別回報を発行いたしました(2020年5月18日付特別回報第20-004号をご参照ください)。
このガイダンスにより、船舶所有者が自身または取引先が運航している船舶のAIS履歴が調査されていることの意味を理解することを米国政府は期待しています。本ガイダンスでは、「第三者に賃借されている船舶を含め、SOLAS条約に従ってAISが継続的に作動しており、改ざんされていないことを確認する。また、AISに加えてLRIT(船舶長距離識別追跡)を使用し、3時間ごとにLRITを受信することを検討する。」ことが提案されています。LRITは旗国が利用できるクローズドシステムです。しかしLRITから得られるデータは、一般的には民間が入手できないため、本ガイダンスを遵守するには難しい問題があるでしょう。
また、本ガイダンスでは、取引先がすべての新しい顧客のAIS履歴を精査し、「SOLAS条約に従わないAIS履歴を持つ船舶との取引を拒否する」ことを提案しています。これらの要求により、大きな負担を組合員が負わされる立場に置かれる可能性があります。船舶のAIS送信は、船舶が輸送している間、あるいは衛星が測位データを受信できないような密集した海域に入港している間には、しばしば失われてしまいます。したがって、組合員は、既存契約を解約、または新規事業から撤退する前に、独立したアドバイスを得るか、評判の良いAISモニタリングサービス提供者に相談することをお勧めします。
本ガイダンスはまた、適切な顧客把握(KYC)と顧客の顧客把握(KYCC)を行う必要性に重点を置いています。多くの商品取引方法は顧客把握を複雑なものにしており、多くの関係者の心配の種になるでしょう。
前述したように、米国の一次および二次制裁規定への違反の結果は、深刻なものになる可能性があります。米国が海事産業に対して、どのような基準で制裁違反と判断されるかについてのガイダンスを提供しようとしていることは、歓迎すべきことです。しかし、現実的な理由と、状況により既存の法的義務に反するという理由の両面から、一部の要求を遵守することは難しいと気付くでしょう。
国際P&Iグループのすべてクラブが、同様の内容の回章を発行しています。
この記事に関するお問い合わせはこちら
この記事を読んだ方はこんな記事も読んでいます
- 海事条約締約国一覧(2020年6月1日現在)更新
- US Latest Guidance to Address Illicit Shipping and Sanctions Evasion Practices
- 中国海域の航行警報No.91