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【海の法律】不可抗力と船主の責任

2012/04/01

小川総合法律事務所 弁護士 中村 哲朗

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴って多くの海難が発生しました。阪神大震災の場合と異なり、地震後の津波により、多くの船舶が乗揚、座礁、沈没、行方不明となり、あるいは、他の船舶・施設と接触するなどの海難に遭遇しております。これらの案件には、不可抗力により船主免責となった案件が相当数ありますが、まだ懸案となっているものもあります。円滑かつ公正な事案処理が望まれることは勿論です。

1.「不可抗力」とは?

この機会に「不可抗力」とその船主の責任との関係について考えてみようというのが本稿の目的です。東日本大震災ないし東北地方太平洋沖地震や阪神大震災が稀有な自然現象であることに異論はないでしょうが、「大地震によるもので「不可抗力」だから船主に責任はない。」と直ちに言うことは出来ません。具体的な事案で船主の責任を考えるとき、「不可抗力」とは、予測出来ず回避も出来ない事象をいいます[1]。このような事象自体が予測・回避出来なくても、それによって発生するかもしれない事故が予測・回避出来れば「不可抗力」とは言えません。予測可能で事故が回避出来るのであれば、通常はそこに過失があり、したがって、その過失によって生じる結果については責任を負わねばなりません。その意味で、「不可抗力」は過失と表裏の関係にあります。本船のおかれていた具体的状況から認められる予測可能性及び結果回避可能性、及びこれを前提とした注意義務の内容にしたがって、一定の事象が「不可抗力」に当たるか否かの認定も変動することになります。

2.「不可抗力」⇔「過失」の証明

実際の訴訟や求償の場面では、求償者(原告)は船主の過失を主張し、船主(被告)は不可抗力を主張することになります。不法行為では過失は原告の主張立証責任、契約では無過失が被告の立証責任と一般にいわれますが、現実には、「不可抗力」と称される事象の性質により事実の証明に関する当事者の負担、力関係は実務上変動します[2]

例えば、東北地方太平洋沖地震直後の津波により船舶が岸壁・陸上施設に接触し損傷を与えたような場合には、一般に、船長その他船員及び船主に過失はなかったであろうと推測され、求償者側が過失のあったことを証明出来なければ、船主は免責されることになります。

荷送人によりコンテナ梱包された過剰水分の貨物の運送中に貨物に濡損が生じたような事案では、運送人側には濡損の予測ないし回避の可能性が想定し難い状況であり、原告側に運送人の貨物取扱いに関する過失についての積極的立証活動が求められることになります[3]

一方、通常、事故が起き難いような周辺状況で事故が発生したような場合には、船主側に不可抗力=過失の不存在、因果関係の不存在について積極的な証明活動が求められることになります。

例えば、船舶が強風の中で航行中転覆し、乗組員が死亡し遺族が船主に対し損害賠償請求訴訟を提起した事案があります。裁判所は、原因の特定は困難であるが、被告側の不可抗力の立証は不十分であり何らかの過失が推定されるとして船主の責任を認めています[4]。「強風」程度は予測出来、「不可抗力」というには足りない、という事実認識が根底にあると言えます。また、異常な三角波により本船が転覆沈没した事案でも、その三角波の発生が予想出来るような海域、状況においては、本船のそれに至る行動が詳細に吟味され、当該海域に至る前に避航する余地があったとして不可抗力の主張が退けられ過失が認められています[5]

更に、海上運送の事案でも、風力7-9程度の荒天で貨物が海水濡れしたような事案では、当該季節海域でそのような荒天が十分予測出来る場合には、被告に「海上固有の危険」「天災」など、あるいは、その他の免責事由について積極的な証明活動が求められることになります[6]

3.不可抗力と事故との因果関係

異常な天災が原因でその通常の結果として事故・損害が生じた場合には、予測不可能で結果回避義務もないとして免責されることになります[7]。しかし、異常な天災を契機にして事故·損害が生じた場合であっても、必ずしもこの天災が事故の原因と評価されるとは限りません[8]。事実経過において予測不可能であったか否か、結果を回避することが出来なかったか、が詳細に吟味されることになります。

これは、訴訟においては、事故に至る事情が詳細に吟味されることを意味します。また、過失というべき事情があったとしても、その過失と相当因果関係にある結果として事故が発生したかどうか、が吟味され、そうである場合にのみ責任が課せられることになります。この原因⇒相当因果関係⇒結果の認定は事実認定ではありますが、非常に複雑で、十分な事情調査・証拠収集が必要となると共に、意図に反した認定が行われる危険も伴います。いくつか、事例を挙げましょう。

輸出のため港湾運送業者(ついで海運業者)[9]に渡され、船積み前の仮の措置として神戸新港上屋に保管されていた工作機械が、平成8年の台風12号によって発生した高波(史上第三位の最高潮位で神戸の港湾施設及び市内で広域に浸水被害が生じている)により海水に浸って損傷した事案で、裁判所は、貨物の船積み・保管状況、台風・高波に関する気象情報、この入手状況、対応、回避手段その他の周辺事情を詳細に認定し、その上で、高波の不可測性を前提に貨物に対して浸水防止措置を講じることは不可能と認定しています[10]

本船が荒天のため八丈島底土港を出港しようした際に海図、水路誌などに記載されていない未確認の暗岩に停泊開始時に投下していた錨が絡み操船の自由を失って座礁沈没した事案[11]では、入港・停泊(錨投下点検)の状況、天候悪化及び本船の天候情報取得の状況、出航決定の時期、離岸後の操船状況、特に錨が絡んだことをより早期に発見出来たかどうか、発見後座礁までの操船状況、などが精査され、本船の過失が否定されました。未確認の暗岩による操船不自由を不可抗力とみたことになります。

4.航海過失・船舶取扱過失と不可抗力

不可抗力=過失の不存在は、船主・運送人自身のみでなく、その履行補助者あるいは選任・監督する船員にも認められなければならないとするのが基本原理[12]です。したがって、国際海上物品運送法における航海過失・船舶取扱過失免責の規定は、いわば、これらの過失を陸上の船主・運送人が予測ないし回避することが不可能または困難な状況にある、すなわち、「不可抗力」の一種とみなしたことを意味します。事実関係について法律上の擬制を行ったものと言えます。したがって、技術の進歩により陸上の船主から海上の船員の過失を回避できる可能性が高くなっていても、航海過失が事故の相当因果関係のある原因と認められる限り、法律により擬制された一種の「不可抗力」として船主は免責されることになります。ここでは、事故に至る事象の連鎖の中で事故の原因が航海過失か、それ以外の事象なのかが大きな問題となります。

例えば、本船が鹿島港から荒天避難しようとした際に荒天により揚錨できず操船の自由を失い座礁し本船及び貨物が全損となった事案では、本船、主機、その他の設備・機器の状態、入港・停泊の状況、天候悪化及び本船の天候情報取得の状況、抜錨避難決定の時期、その後座礁までの本船の行動などが逐一精査されております。裁判所は、本船の抜錨避難決定が遅れたことを座礁の原因と認定しました[13]。これは船長の航海過失であり、船主は貨物損害について免責されます。仮に、発航時の主機の欠陥といった事実があり、それが原因であったと認定されたとすると、国際海上物品運送法上の免責が直ちに適用されないこととなる可能性もあります。ちなみに、同季節に鹿島港から荒天避難をしようとした際に座礁した他の船舶もありましたが、やはり、同事故に至る事象の詳細な精査がなされ、事故の原因が荒天避難措置の遅れ(航海過失)にあるとの理解で船主に対する貨物求償訴訟は提起されていません。

5.不可抗力でも責任を負う場合

通常は「不可抗力」と言える場合でも船主が責任を負わねばならない場合もあります。東日本大震災に際しては、油を排出し、あるいは、乗揚・座礁・沈没し全損となった船舶について船主が油濁防除義務、船骸撤去義務を負うか、が問題となりました。

船舶油濁損害賠償保障法(以下、「油賠法」)は油の積載されていた船舶からの油濁事故について厳格な責任を定め、わずかに、(1)戦争、内乱又は暴動、(2)異常な天災地変、(3)第三者の悪意、(4)国・公共団体の航路標識などの管理の瑕疵を原因とする場合にのみ免責を認めています[14]。ここにいう「異常な天災」は非常に狭く解釈され、突然の海底火山の噴火[15]とか人工衛星の落下くらいしか例を見ないとされています。通常の不法行為や契約不履行の事案では不可抗力として免責される場合でも、油濁損害に関しては責任を負うとして不可抗力の範囲を法律により狭めていると言えます。海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律(以下、「海防法」)によれば、船主には、上記のような免責如何を問わず排出油の防除措置をとらなければならない義務があります[16]。ただし、このような措置が十分でなく海上保安庁が防除措置を行った場合の費用負担については、船主は上記の油賠法の免責と同様の免責を受ける[17]こととして、海防法は油賠法との統一性を維持しています。

一方、乗揚・座礁・沈没により全損となった船骸については、上記の油濁防止措置がとられてもなお海洋環境の保全に著しい障害を及ぼすおそれがある場合に初めて、海防法上の船骸撤去義務が生じます[18] また、このような船骸については、他の法令で撤去義務が課せられる場合があります。船骸が、港則法上の港で「船舶交通を阻害するおそれあるとき」[19]、港湾区域・漁港区域において「船舶交通を阻害するおそれあるとき」[20]、「港湾施設・漁港施設の保全又は利用上必要があるとき」 [21]、海上交通安全法適用区域で船骸が「船舶交通の危険の原因になっているとき」[22]、海岸の保全に必要なとき[23]、などです。これらの場合には、乗揚・座礁・沈没が不可抗力による場合であっても行政上船骸撤去義務が課せられることになります。東日本大震災においても上記のような根拠[24]で船骸を撤去すべき旨の命令が発せられ、船主がこれに対応した例があります。

  1. 不法行為における「不可抗力」の意味一般については文献は少ない。森島、不法行為法講義76頁、河原、「不可抗力と免責」損保研究58-3-107。元来仏法の概念であるが、契約中の不可抗力、不可抗力条項との関係を論じているのが普通である。
    例えば、Mckendrick, Force Majeure and Frustration of Contract, 2nd ed. Treitel, Frustration and Force Majeure, 2nd ed.
  2. いわゆるprima facie proof(一応の証明)のレベルに至らない場合でも、現実の立証活動の負担・必要性は当事者の相対関係で変動します。
  3. 東京地判平09.7.30判夕983-269、東京高判平10.11.26判夕1004-249
  4. 名古屋地裁半田支部昭38.8.27判決時報2778-128
  5. 広島地裁竹原支部昭45.3.20判時611-71
  6. 東京地判昭39.1.31 下民集15-1-132(冬季シナ海で風速20メートルの荒天に遭遇)、東京地判昭57.2.10判時1074-94(冬季太平洋で風力9の荒天に遭遇)、神戸地判昭58.3.30地判1092-14(秋季シナ海で風力10-11)。なお、冬季台湾海峡で風力10-11の荒天に遭遇し沈没した事案では、付近の他船の遭難もあり、「天災」「海上固有の危険」が認定されています。東京地判平13.3.1(判例集不掲載)。
  7. 東京地判平11.6.22判タ1008-288。阪神淡路大震災により倉庫内の化学薬品が荷崩れにより漏出して他の貨物から流出した水分と化合して発火した火災により貨物が消失した事案です。阪神大震災によって荷崩れ・漏出が発生したとの認定に基づき賠償責任が否定されました。
  8. 神戸地判平10.8.18判夕1009-207。阪神淡路大震災によりホテル増築部分が倒壊し宿泊客が死亡した事案で、増築部分が通常要求される耐震性を欠いていたことが認定され、ホテルの責任が肯定されました。
  9. 海運業者は商法577条の「運送ノ為使用シタル者」にあたる。東京控判大12.7.16判評商法209
  10. 神戸地判平12.4.20判夕1063-152
  11. 東京地判昭54.2.26判時936-112
  12. したがって、これ以外の者(いわゆる独立当事者)の過失・不可抗力は争点となり得ません。東京地判平22.9.21判夕1347-183(小笠原テクノスーパーライナー事件)
  13. 東京地判平22.2.16判夕1327-233
  14. 油賠法第3条第1項、第39条の2第1項。もっとも、第三者に過失がある場合に船主がこの第三者に求償すること(油賠法第3条第5項、第39条の2第2項)や被害者に過失がある場合に過失相殺をすること(油賠法第4条、第39条の2第2項)を禁じるものではありません。
  15. 時岡・谷川・相良、逐条船主責任制限法・船舶油濁損害賠償保障法346頁
  16. 海防法第38条、第39条
  17. 海防法第41条第1項但書、同施行規則第37条
  18. 海防法第40条
  19. 港則法26条
  20. 港湾法第12条2項及び第43条の3
  21. 各県の港湾施設管理条例ないし漁港管理条例に規定がある。例えば、福島県港湾施設管理条例第2条の6、第4条の2
  22. 海上交通安全法33条
  23. 海岸法8条の2により海岸保全区域指定および物件指定の告示をなし、海岸法12条により監督処分=除却命令を発令することとなる。
  24. 津波により陸上奥深くまで打ち上げられた船舶については、国道法や公園法の適用も考えられました。