ニュース

【海の法律】共同海損制度

2014/04/01

小川総合法律事務所 弁護士 西田 信尋

1. はじめに

海上事故は起こらないに越したことはありません。しかし、あらゆる海上事故を100%回避することは極めて困難であるからこそ、海上事故が起こった場合のルール確立には重大な意味があります。本稿では、海上事故の処理においてしばしば行われる「共同海損」について概説し、その基本となるルールの変遷及び展望について解説をします。

2. 共同海損制度の概要

貨物船はいったん航海に出れば、その航海期間中、船舶と貨物は運命を共にして海上危険に遭遇することとなります。
例えば、貨物を積載した船舶が座礁をした場合には、船舶と積載貨物の双方が同時に海上危険に遭遇しており、そのまま放置されれば、双方が全損となるかもしれません。しかし、座礁事故の場合、積載貨物の一部を瀬取りすることで、座礁状態すなわち危険な状態から脱することができ、船舶及び残存貨物の双方が安全な状態を得ることができるケースがあります。そして、複数の当事者の船舶や財貨の安全のために、故意かつ合理的に、異常の犠牲を払い又は費用を支出した場合には、当該犠牲又は費用は、安全な状態になった時点での各価額に応じて分担することとされているのです。このように、運命を共にする船舶や貨物等が遭遇した海上危険から安全な状態となるための故意かつ合理的な行為による損害や損失を、共同海損(犠牲)損害といい、原因となった単独海損事故とは区別します。なお、「安全な状態になった時点」とは、後述するYARのG条により、「航海終了時」と定められています。

  1. YARの由来

    実務上発展を遂げてきた共同海損処理のルールは、共同海損に認容できる損害や分担方法の統一が強く望まれるようになり、グラスゴー決議、ヨーク会議、アントワープ会議を経て、ヨーク・アントワープ規則(「York-Antwerp Rules」又は「YAR」といいます)が採択されました。なお、YARは条約ではなく、現在は万国海法会(CMI)により管理されている国際統一規則です。その後も、海運の実情に合わせて数度の検討が重ねられ、現在に至っています。採択済みの最新のYARはYAR2004です。

    しかしながら、今日、多くのCharter PartyやB/Lの裏面約款では、共同海損はYAR1994に従って処理することとされています。また、多くの内航定期傭船契約に用いられる日本海運集会所の定期傭船契約書書式[1]でも「共同海損は、1994年のヨーク・アントワープ規則又はその後に改正された同規則によって処理する。」と規定されています。なお、NYPE93における“or any subsequent modification thereof”や日本海運集会所書式における「その後に改正された同規則」には、いわゆるYAR2004は含まれません。ただし、BIMCOは、解釈の疑義を避けるため、Charter Partyから”any subsequent modification thereto”又は類似の文言を削除することを強く薦め、また、YAR2004を採用しないことを推奨しています。

  2. YAR1994の構成

    YAR1994は、解釈規定、至上規定、A条からG条までのいわゆる文字規定と、I条からXXII条までのいわゆる数字規定から成っています。文字規定には、一般原則が定められており、数字規定には、共同海損として認容される具体的な損害及び分担の細則が定められています。数字規定に定められている主な具体的損害は、次のとおりです。

    • 投荷(I条)
    • 共同安全のための犠牲による滅失又は損傷(II条)
    • 船火事の消火にあたって生じた損害(ただし、煙や火災の熱により生じた損害は除外されます)(III条)
    • 乗り上げ(V条)
    • 救助報酬(VI条)
    • 機関の強用による損害(VII条)
    • 船脚軽減又は再積込(VIII条)
    • 燃料として使用した積荷等(IX条)
    • 避難港における費用(X条)
    • 避難港への転針中及び避難港における乗組員の給料・食費及び燃料(XI条)
    • 船卸等により積荷に生じた損害(ただし、当該船卸等に要する費用が共同海損として認容される場合)(XII条)
    • 仮修繕費用(XIV条)
    • 運送賃(XV条)

    これらの数字規定に該当する損害が共同海損として認容され、数字規定に特別の規定がない場合には、いわゆる文字規定が適用されることとなります(解釈規定2項)。もっとも、この解釈規定は、数字規定が適用になる場合に常に文字規定の適用を排除することを意味しませんし、具体的には個別の判断が必要となります。

3. YARの変遷

現在、共同海損処理として、YAR2004があるにもかかわらず、YAR1994が多く採用されていることは上述しました。
YAR2004の特徴でもある、YAR1994からYAR2004への主な変更点は次のとおりです。

  1. VI条 救助報酬

    YAR1994:「救助の性質を有する費用」は共同海損に認容されます。

    YAR2004:「救助に対する支払い」は共同海損に認容されません。ただし、一部の当事者が、他の一部の当事者が負担すべき救助料を支払った場合には、当該他の一部の当事者から回収すべき救助料を、共同海損精算書に貸方として記帳し、請求することができます。これは、救助報酬を共同海損に認容するものではなく、他の当事者が負担した救助報酬の回収についての一種の救済措置と考えられています。なお、船主が、曳航契約を締結した場合、当該曳航が救助の目的を有するものであっても、船主が全額を支払う義務を負っているので、VI条の「救助に対する支払い」にはならず、A条の一般原則により共同海損に認容されることとなります。

    <補足>
    イギリスではLOF型救助報酬を共同海損に認容しないという考え方があります。LOF型救助契約では、被救助財産の所有者は救助者に対して個別の救助報酬支払義務を負っており、LOFに基づく救助報酬の分担が定められます。それにもかかわらず、共同海損に認容されると再精算の必要が生じてしまいます。これには、手間や費用増加、決裁の遅れの問題のほか、救助報酬分担の基礎となる残価と共同海損の分担の基礎となる価額が異なる場合があり、また、仲裁費用等の救助報酬に付帯する費用も共同海損に認容されること等の問題があります。

  2. XI条 避難港費用

    YAR1994:避難港における乗組員の給料及び食費は共同海損に認容されます。

    YAR2004:避難港における乗組員の給料及び食費は共同海損に認容されません。

    <補足>
    遅延による損害は、船主及び荷主の双方に生じるにもかかわらず、船主に生じる遅延損害のみを共同海損に認容し、荷主の損害を認容しないとすること(C条)には疑問があります。さらに、現代事情としては、船舶不稼動損失保険等の普及により、船員給食費を共同海損へ認容すべき船主利益が後退していることも挙げられます。

  3. XIV条 仮修繕費

    YAR1994:航海完遂のために事故による損傷の仮修繕をした場合の費用は、共同海損以外の利益について節約がなされたとしても、これを考慮せず共同海損に認容されます。

    YAR2004:原則規定は変わりません。ただし、本修繕を後日施工した場合に、その本修繕費が避難港での本修繕費見積額より低額となった場合には、当該節約額は仮修繕費から控除される、という例外規定が追加されました。

  4. XX条 資金の提供

    YAR1994:共同海損費用の2%が立替手数料として認容されます。

    YAR2004:立替手数料制度は廃止されました。

  5. XXI条 共同海損として認容された損失に対する利息

    YAR1994:年7%

    YAR2004:毎年CMI総会で決定(2014年は2.75%)

  6. XXIII条 タイム・バー

    YAR1994:規定なし

    YAR2004:共同海損精算書の発行日から1年、又は航海終了時から6年

4. YAR2016への展望

最新の共同海損処理ルールとして、YAR2004が採択されているにもかかわらず、多くのCPやB/LがYAR1994に従うこととしています。そこで、CMIは、YAR2004が広く受け入れられることを目指して、BIMCO及びIUMIと連携を取りつつ検討し、2012年10月北京国際会議においてYAR2012の提案が行われましたが、採択に至りませんでした。そして、現在、CMIは、BIMCO、IUMI、イギリス海損精算人協会、国際海損精算人協会(AMD)、国際P&Iグループと意見交換をしながら、次期YAR2016の採択を目指して検討を重ねています。

また、2013年9月には、YAR2004改定に関する国際小委員会が開催されました(いわゆるダブリン会議)。YAR2016採択へ向けて、YAR2004ないしYAR1994からの改定が議論されている条項のうち、主なものは次のとおりです。

  1. YAR2016へ向けてさらに継続検討されている主な論点

    1. 救助報酬

      救助報酬を共同海損に認容するYAR1994の支持、認容しないYAR2004の支持及び“Ad hoc”アプローチの支持で拮抗しています。YAR2004を支持する立場は、LOF型救助報酬は、法律ないし契約で関係当事者間の分配方法を予め定めているにもかかわらず、共同海損として認容された場合には再精算の手間や費用その他の問題が生じるのは不都合であることを理由としています。

      ダブリン会議では、いずれの選択肢を採用すべきかの議論とは別に、LOF型救助報酬については、救助報酬の決定の際に採用された被救助価額と共同海損負担額の間に明確な差が認められる場合にのみ再精算を行うコンプロマイズ案の説明がありました。なお、「明確な差が認められる場合」としては、①犠牲損害が高額、②後続事故で財物損害が発生、又は③救助報酬決定に使用した価額に誤りがある場合が考えられます。

    2. 避難港における船員給食費

      避難港における間の船員給食費については、これを共同海損として認容するYAR1994の支持が多数でした。本論点は、改正論点として継続審議されることになりました。

    3. 仮修繕

      YAR2004の本修繕節約額を仮修繕費から控除するという立場への支持が多数でしたので、まず、YAR2004の規定に基づいてより理解しやすい文言を検討した上で、YAR2004とYAR1994のいずれが適当かについてさらに検討されることとなりました。

    4. 立替手数料

      立替手数料の維持(YAR1994)と廃止(YAR2004)の立場に分かれており、継続検討されます。

    5. 金利

      固定金利を支持する国はイタリアのみであり、変動金利とすべきである点についてはほぼ一致しています。ただし、精算通貨をどうするかという課題に合わせて、利率決定方法が検討課題として残されました。

    6. タイム・バー

      大多数がタイム・バー規定の導入を支持しました。ただし、YAR2004の規定で問題がないのかはさらに検討が必要であり、導入の要否も合わせて継続課題となりました。なお、日本は、準拠法で定められる各国の国内法にタイム・バーは委ねられるべきであるとして規定導入には反対の立場です。

  2. YAR2016では改定されないこととなった主な論点

    1. ロッテルダム・ルールズへの対応

      ロッテルダム・ルールズが運送契約に導入された場合の運送人の責任に関するアプローチに適応させるためのYAR改定は不要であるということになりました。もっとも、ロッテルダム・ルールズ固有の問題ではありませんが、運送人に過失が認められる場合の貨物分担額に関する担保取付けや、紛争解決方法等は課題として継続検討することとされています。

    2. 適用規則

      2012年北京国際会議の際に導入が提案された適用規則「YAR2012は、先行するすべてのYARの改訂版とみなす。ただし、YAR2012はそれが採択される前に締結された運送契約には適用されない。」は、当面は検討課題とはされないこととされました。賛成国からは、これを導入した上で、例えばYAR1994のみを適用したい場合には、その旨を明示すればよいとの意見もありましたが、本規定の有効性自体に疑問があり、また裁判所によって有効性判断に違いが生じれば、海運当事者の立場が不安定になってしまい、妥当とはいえないと考えられます。

    3. 環境損害

      C条における「環境損害に”関する”(in respect of)」という文言に「環境損害の防止措置」も含まれることを明確にすべきかが検討課題となりました。「環境損害に関する滅失、損傷または費用」には、「防止措置」に関する費用等が含まれるものと考えに変更はありません。ただし、語句の整備としての問題のみ継続することとなりました。

    4. 海賊に関する一般規定

      海賊に関する解放金の支出は、YARには明文規定がないものの、適法である限り合理的な支出であると実務上認められており、解放金は共同海損に認容されています。そこで、海賊に関する一般原則を取り扱う明文規定ないし特定の共同海損費用の認容基準を定めた明文規定をYARに設けるべきかが議題となりました。しかし、多数の海法会、関係団体が不要との立場を示し、新規定を検討する必要はないとの結論に至りました。

  3. 今後の予定

    本稿では紙幅の都合上、YARの概説及び実情ないし主だった改正論点等にのみ言及しましたが、海運実務の現状に即した、より広く受け入れられるYARの成立は強く望まれているところであり、現在も議論は継続されています。

    本稿寄稿時における今後の予定としては、2014年3月にIWG会合を実施、6月のCMIハンブルグ国際会議時にISC会合とIWG会合を実施し、新YAR2016の採択へ向けて議論されることとなっています。

  1. 日本海運集会所定期傭船契約書サンプル

    http://www.jseinc.org/document/tcp/teiki_sample.pdf