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【海の法律】”CMA CGM LIBRA” 航海計画に不備があれば本船が不堪航となり得るとした英国最高裁判決の運航管理 実務に対する影響

2022/04/01

弁護士法人東町法律事務所 パートナー 弁護士・海事補佐人 手塚 祥平

昨年11月、英国最高裁判所にて、不備のある航海計画の下に出港した本船「CMA CGM LIBRA」が、灯標で示された航路外を航行して座礁した事案について、ヘーグ・ルールにおける航海過失免責が適用されるとの船主主張が否定され、本船の堪航性(seaworthiness)に関する注意義務の違反があったとして船主の責任ありとする判決が下されました[1]。本判決は、船舶の運航管理に大きな影響を及ぼすケースであることから、ここにご紹介します。

【事案の概要】

1.座礁事故とクレームの内容

コンテナ船「CMA CGM LIBRA」は、2011年5月、5,983本のコンテナを積載してXiamen(厦門)から香港に向けて出港する際、灯標で区切られた浚渫航路外の浅瀬に座礁しました。本件事故時、本船は等喫水15.5mで、座礁地点は、後述2の本船備付の印刷版海図上は水深30m以上とされていたものの、実際には、座礁地点の右舷側1ケーブル以内に、後述2の航海情報通知「1691/11」号に記載された水深1.2mの浅瀬がありました。

本件事故について、共同海損(GA)が宣言され、船主は、貨物関係者に対し共同海損分担金として約1300万米ドルを請求しました。これに対し、貨物関係者の約8%が、本件事故は、航海計画の不備が原因であり、この点につき船主の堪航性担保義務違反があるとして分担金約80万ドルの支払を拒否したため、船主が英国裁判所に訴えを起こしました。

2.本船の航海計画-海図等の整備状況

本船は、航海計画の立案にあたり、最新の印刷版海図(英国水路局発行)を使用しました。英国水路局は、印刷版海図の発行に加え、原則として毎週、乗組員向けに航海情報通知を発行しており、本船にも2010年12月に出された同通知「6274(P)/10」号が備え付けられており、それには、Xiamen港周辺航路に関する情報も含まれていました。航海情報通知の一定の内容については、海図に書き込まなければならないとされており、6274(P)/10号通知には、厦門港航路の周辺に、海図に記録されたよりも水深の浅い場所が多数あること等が記載されていましたが、本船船員は、海図自体にこの内容を書き込んだり、航海計画書にこの通知を参照する旨の注記を記載したりしませんでした。

また、出港前の2011年4月に発行された航海情報通知「1691/11」号は、海図上の多数の水深記載の修正を求めており、中でも、浚渫航路外に、水深4.8mの地点と、長さ30mにわたり水深1.2mの浅瀬があることが示されていました。

船長は、証人尋問において、もし上記の航海情報通知の内容が海図に書き込まれていたならば浚渫航路外を航行することはなかったであろうと証言しました。なお、本件事故時は満潮後で浚渫航路内は本船が航行するのに十分な水深がありました。

【本件の主な争点】

本件貨物運送契約にはヘーグ・ルールが適用されるところ、同ルール上、船主は、荷主に対して本船出港前・出港時に本船が堪航性を有することについて相当の注意を尽くす義務(堪航性担保義務、due diligence obligation)を負い(第3条1項(a))、他方で、船長等の「航海上の過失」(error innavigation)により生じた損害については賠償責任を負わないとされています(「航海過失免責」。第4条2項(a))。

ところで、英国の判例上、船長等の航海上の過失による事故であっても、その過失が本船の不堪航(に関する船主の注意義務違反)により生じたものである場合には、船主は上記の航海過失免責を主張することはできないと考えられてきました。このことから、本件では、主に航海計画の不備について、出港前・出港時の堪航性担保義務違反(→船主有責)と評価すべきか、航海上の過失(→船主無責)と評価すべきかが争われました。

第一審は、航海計画の不備は堪航性担保義務違反に該当するとして船主有責と判断、第二審もこれを支持し、船主が最高裁に上訴しました。

【英国最高裁の判断】

英国最高裁において、船主は、ヘーグ・ルール上、堪航性担保義務は、本船の属性・設備という物的な問題であり、他方で、航海過失免責は、乗組員が本船の属性・設備をいかに用いて本船を運航するかという人的な問題であるとしたうえで、乗組員が作成する航海計画に不備があったとしても後者の問題であるとして、本件事故については航海過失免責が適用され、船主は無責であると主張しました。

しかし、英国最高裁は、判例上の解釈に従い、航海上の過失により事故が発生した場合でも堪航性担保義務違反がきっかけとなった場合には、船主は航海過失免責の適用を主張できないと判断したうえで、航海計画の立案が航海上の問題であることは否定しなかったものの、堪航性担保義務と航海過失免責との間で船主が主張するような区別を行う理由はないとして、船主主張を斥けました。

そして、船主の堪航性担保義務違反の認定に関して英国判例上確立されている、「思慮深い船主であれば、不堪航の要素を認識していたならば本船出港前にその要素を解消するか」という判断基準(prudent owner test)を適用して、航海計画がないまま、または、本船を危険にさらすような不備のある航海計画の下で航海を開始する場合には、船主は堪航性担保義務違反の責任を負い得るとしました。

また、船主は、不備のある航海計画を立案したのは、堪航性担保義務を負う船主(会社)そのものではなく本船の船長・二航士であるから、仮に本船が不堪航状態であったとしても、船主は注意義務違反の責任を負わないとも主張していましたが、英国最高裁は、具体的に必要な作業を誰が行うかに関わらず船主は堪航性担保義務を負うとして、この主張も斥けました。

なお、この関係で、英国最高裁は、本船や貨物が船主の管理下に入る前の事情により不堪航となっていた場合(直ちに発見できない造船所での施工不良やコンテナ内の未申告危険物等)には船主は注意義務違反の責任を問われないこともあり得るものの、管理下に入った後に相当の注意を尽くせば発見し得た不堪航要素については、責任を負うことになるだろうとも判断しています。

結局、英国最高裁は、全員一致にて、船主に堪航性担保義務違反ありと判断し、さらに、船長が、海図に航海情報通知の内容が書き込まれていたのであれば浚渫航路外を航行することはなかったと証言していたことから(【事案の概要】第2項末尾ご参照)、上記の堪航性担保義務違反と本件座礁事故との間の因果関係も肯定し、船主の貨物権利者に対する共同海損分担金の請求は棄却されました。

【コメント】

1.堪航性担保義務違反について

英国法上、貨物運送契約において運送人(船主)は荷主に対して、出港前・出港時に本船が堪航性を有することについて相当の注意を尽くす義務(due diligence obligation)を負っています。ご案内のとおり「相当の注意を尽くす義務」が意味するところは、仮に本船が不堪航状態にあったとしても直ちに船主有責となるのではなく、堪航性確保について「相当の注意」を尽くしたといえる場合には船主無責、そうでなければ船主有責とするものです。船主側からみれば①本船は不堪航ではなかった、②仮に不堪航だったとしても相当の注意を尽くしていた(=相当の注意を尽くしても回避できない事情だった)、と二段構えの反論の余地があることとなります。

もっとも、本件の個別事情の下で問題になった事情は、航海計画の不備、より具体的には、関連する航海情報通知自体は本船にあったものの、その内容が航海計画の立案に用いる海図に反映されていなかったことですから「不堪航であったとしても相当の注意は尽くしていた」という上記②の主張を展開することは困難であったと考えられます。

2.運航管理実務への影響について

本判決は、航海計画に不備がある場合、それが堪航性担保義務違反の問題となると判断したものであり、船主の運航管理に対して、航海計画の立案とそれに関する証拠の確保・保全の必要性が明確になったという意味で大きな影響を与えるものと思われます。

英国最高裁は、航海計画の立案に関するIMOのガイドライン(1999年11月25日付Resolution A893(21))に言及し、IMOガイドラインが、あらゆる外航船舶に適用されるべきであると宣言したうえで整理した、①関連情報の収集・評価、②立案、③実行、④検証の4つの過程について検討しています。

これらのうち、ヘーグ(・ヴィスビー)・ルール上の堪航性担保義務は、出港時までを基準時とするものであることから①②が関係することとなり、いずれかに不備があれば本船は不堪航となり得るということが裁判官全員一致の本判決により明確にされたものと評価されます。

このIMOガイドラインは、①②の過程についてはさまざまな情報を単に収集するのみならず、例えば海図に予定航路・航跡・危険区域等を適切に記載することを要求するなど、あらゆる危険要素を把握できる一覧性のある航海計画を作成することを求めています。

本判決も、関係する航海情報通知自体は本船に備えられていたもののその内容(海図よりも水深が浅い箇所が多数存在すること)が海図に書き込まれていなかったため、航海計画立案の際に見落とされたという点をもって堪航性担保義務違反と認定したものであり、IMOガイドラインを踏襲しているものと考えられます。

船主側のディフェンスという観点からは、どこまで事務負担を増やすことができるかという問題と背中合わせではありますが、IMOガイドラインを意識した航海計画を立案することに加え、これを遵守したことを後から客観的証拠(書面・メール等)で証明できるようにしておくことも重要なポイントになります。

より具体的には、例えば、①海図等は常に最新のものを保持し、かつ、航海情報通知のような更新情報も含めて一覧できる状態を維持すること、②気象・海象等のデータの収集経過と、それらをどのように評価し航海計画に反映させたのかを記録化すること、③電話や口頭で得た情報について、その内容を可及的速やかに関係者間のメールで共有する、紙ベースで得た資料については入手日や提供者を書き込む、インターネットで入手した情報は電子ファイル等で保存するなど、取得した情報の内容や取得時期を証拠化し整理しておくこと、④航海計画の立案にあたっていかなる事情・いかなる資料を収集・考慮したかという判断プロセス自体も記録しておくこと等も将来のクレーム対策のみならず、本船安全運航の方策としても検討に値するものと思われます。

3.今後の展望

本判決は、直接的には、貨物権利者に対して共同海損分担金を請求できるかが問題になった事案ですが、実質的な争点である堪航性担保義務と航海過失免責の問題は、貨物権利者からの貨物クレーム、また、Clause Paramountによりヘーグ(・ヴィスビー)・ルールが摂取された定期傭船契約における船主・定期傭船者間のクレームとも共通する問題です。

よって、今後、具体的な事故態様によるものの、航海計画の適不適が堪航性担保義務違反の関係で争点になるケースが増えてくることも予想されます。

  1. Alize 1954 and Anor v Allianz Elementar Versicherungs AG and Ors [2021] UKSC 51