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衝突事故とその防止対策

2013/05/01

Mr. Robert B. Fisher, Jr. (J.D., Tulane University, former U.S. Navy deck officer, partner)
Mr. Thomas Forbes (J.D., Boston University, former U.S. Coast Guard legal officer, partner)
Chaffe McCall LLP

“A collision at sea can ruin your whole day”(衝突事故はあなたの一日を台無しにします)という格言があります。この紙面で、航法規則の詳細な論評は控えますが、航法の基本原則をいくつか取り上げて説明してまいります。継続的専門教育、ISMセミナーや訓練なども、衝突の防止のために重要な役割を果たすことになります。

『1972年の海上における衝突の予防のための国際規則に関する条約』(COLREG条約)は、どの航海士の資格を取得する際にも徹底的に理解するよう求められるので、航海士は十分に知っているものです。

国際海上衝突予防規則

COLREG条約(同条約に準拠した日本法が海上衝突予防法)は、以下の4節に分けられます。

  1. 『総則』(第1~3条)。全船に常時適用。本規則中で使用される用語の定義に関する規定。
  2. 『あらゆる視界の状態における船舶の航法』に関する規定(第4~10条)。
  3. 互いに他の船舶の視野の内にある船舶の航法』に関する規定(第11~18条)。追越し(第13条)、行会い(第14条)、横切り(第15条)といった、最も基本的で、広く認知されている“航法の原則”を定めている。第16条及び第17条は『避航船』及び『保持船』が取るべき動作について、第18条は各種船舶間の航法(帆船、動力船、漁ろうに従事している船舶、操縦性能制限船、運転不自由船等)について定めている。
  4. 第19条は視界制限状態において船舶のとるべき(あるいは避けるべき)航法に関する規定である。第20~37条は灯火、形象物、発光/音響信号に関する規定である。

衝突事故の根本原因

船員であればほぼ例外なく上記の規定を理解しているはずですが、それでもなお衝突事故は発生し続けています。これは一体何故でしょう。これまでの事故例から、衝突事故の多くは、主として以下2つの原因によって発生していることがわかります。

  1. 『見張り』に関する規定に反して見張りが不十分であり、互いに他船の存在を認識していなかった。
  2. 他船の動作を理解していなかった、認識しなかった、あるいは互いに他船と十分な意思の疎通を図らなかった。

『見張り』(第5条)

第5条は、以下のとおり短く簡潔に書かれているため、理解しづらいものとなっています。
“Every vessel shall at all times maintain a proper lookout by sight and hearing as well as all available means appropriate in the prevailing circumstances or conditions so as to make a full appraisal of the situation and of the risk of collision.”
(船舶は、周囲の状況及び他の船舶との衝突のおそれについて十分に判断することができるように、視覚、聴覚及びその時の状況に適した他のすべての手段により、常時適切な見張りをしなければならない。)

この適切な見張りとはどれ程重要なものなのでしょうか。これに対して最もよく引用される事例として、New York沖にて、夜間、蒸気船ARIADNE号が帆船WILLIAM EDWARDS号に衝突し、沈没させた事故の米最高裁判所による判決(1871年)があります。事故当時、WILLIAM EDWARDS号の右舷灯は不明瞭であったものの、ARIADNE号がWILLIAM EDWARDS号の存在を認識せず、避航動作をとらなかったことに過失の一端があるとされました。この義務について裁判所は次のように判示します。

“The duty of the lookout is of the highest importance. Upon nothing else does the safety of those concerned so much depend. A moment’s negligence on his part may involve the loss of his vessel with all the property and the lives of all onboard". The ARIADNE, 80 U.S. 478 (1872).

(見張りは最も重要な義務である。見張りほど関係者の安全を左右するものはない。見張りを怠ることは、船舶、積載している財物、乗組員全ての命を失うことに繋がる。)

この判示は今日でもなお通じるものです。今日では、他船を検知し追尾出来る様々な電子機器も揃っていますが、それでもなお見張り不十分による衝突事故は後を絶ちません。

事故例―横切り態勢での見張り不十分

最近、メキシコ湾において、視界良好な夜間、西航するITBタンカーが、右舷船首方を南航するパナマックスバルカーに衝突の直前まで全く気付かなかったという事例がありました。タンカーの船長(合い直の部下に要件を言いつけて降橋させ単独当直中)は左舷側の他船の動向を注視しており、右舷船首方の見張り及び電子海図、レーダー、AISの確認を全く怠っていました。

何が起きたのか?

避航船が保持船を認識していなかった。

何故起きたのか?

船長は接近する第三船に気を取られており、また別の見張り員もおらず(“第二の眼”も無く)、右舷側を見ていなかった、あるいは見ていたとしても何があるのか注意して見ていなかった。

どうすれば防げたのか?

当直航海士が何かに集中しなければならないような状況では特に、ほかの見張り手段を確保する。レーダー及びAISのminimum-CPA(最接近距離-Closest Point of Approach)アラームを使用する。ただし、目視確認が“最良の見張り”であることを認識すること。付近に他船がいないかどうかを把握するために、目視とレーダー見張りを相互に関連させること。

事故例―行会い態勢における見張り不十分

数十年前、視界良好な夜間、チェサピーク湾において、出湾する満船の石炭輸送船と入湾する沿岸警備隊の訓練船が行会い態勢で接近したが、互いの動作を認識していなかったため衝突して甚大な損害が発生しました。訓練船の当直航海士は疲労状態にあり、正船首やや左から接近する灯火を船尾灯と誤認し、相手船が自船左舷船首方から接近していることに気付かぬまま、目前で左転した結果、自船は沈没、14人の沿岸警備隊の士官候補生が亡くなりました。石炭輸送船のパイロットは、灯火を見て、通常通りredto-red(左舷対左舷)で行き会うものと考えていました。両船は互いに交信していませんでした。訓練船側に一方的過失があったと判断されました。
(補足)この事故は1980 年に発生しました。今日ではAIS により互いの船名で呼びかけられるため、より早く効果的な無線連絡が取られるようになっています。

何が起きたのか?

訓練船の見張りが不十分であり、石炭輸送船からも交信が行われなかった。

何故起きたのか?

訓練船の当直航海士が疲労状態にあった。石炭輸送船も無線連絡を開始しなかった。

どうすれば防げたのか?

航海士に十分な休養をとらせる。レーダーを正しく使用する。

事故例―連絡をとらないことは存在を認識していないことと同じ
ほとんど真向いに行会う態勢

2隻が反方位から接近し、互いを右舷船首方に見るような態勢は、当直者に悪夢をもたらします。当直者が、red-to-red(左舷対左舷)で行会うべく操船するのか、または、針路を変更せず、安全にgreen-to-green(右舷対右舷)で行会えるのかについて、判断を誤る可能性があるからです。

Texas沖にて入航船と出航船が30ノットの相対速力で接近し衝突したケースでは、A船は右舷対右舷で航過すると認識していた一方、B船はこの状況に不安を持ちつづけ、相手船が至近に至ってから突然激右転して衝突しました。どちらの船舶も互いに交信しようとしませんでした。裁判所は、衝突の恐れはないと認識したA船側を支持し(B船が激右転する前のCPAは0.3マイルであった)、B船側に一方的過失があるとしました。

何が起きたのか?

反方位から接近した2隻はともに連絡を怠った。B船は著しく接近することとなることを正しく認識せず、信号や警告を発することなく、相手船の前路に向けて右転した。

何故起きたのか?

B船はCPAを正しく認識することを怠り、また、B船が通告無しに激右転して著しく接近する状況を作出する前に、両船はともに交信することを怠った。

どうすれば防げたのか?

早期に無線連絡を行う。これを行わないと自船を危険に晒すことになる。

事故例―追越し(第13条)

大西洋を横断中の空船のパナマックスバルカーが夕日に向かって西航していました。船橋当直者は、目視でもレーダーでも十分な見張りを行っておらず、正船首やや左を航行していた木製帆走ヨットに気付かず、その結果ヨットとバルカー左舷船体との軽微な接触事故が発生しました。その後無線連絡が取られ、ヨットの船長は船体を放棄してバルカーに救助されました。

何が起きたのか?

バルカーとヨットがともに西航中、追越し態勢で衝突した。

何故起きたのか?

バルカーとヨットの見張りはともに不十分であった。木製ヨットは有効なレーダー反射器を装備しておらず、また、船長(単独航海中)は船尾方にバルカーを視認していたが、甲板下に行き寝入ってしまった。彼は激しい動揺を感じて衝突に気付き、その後バルカーを認めた。バルカーの乗組員は夕日の海面反射でヨットを見落としていた。

どうすれば防げたのか?

夕日に向かって航行中、バルカーの見張りが不十分で、また、ヨットも全く見張りを行っていなかったために衝突が発生した。船橋当直管理手順を遵守していれば、この様な事態は避ける事が出来たはずである。

視界制限状態

航海士は、第19条『視界制限状態における船舶の航法』が、横切り、追越し、行会いなどの「互いに他の船舶の視野の内にある船舶の航法」に優先することを理解しておく必要があります。

言い換えると、第19条は、どちらの船舶が『右舷側』にいるのか、追越す側なのか、また、運転不自由船であるのかさえ考慮しません。安全な速力で航行することや著しく接近することとなるかどうかについての判断が重要であり、もし著しく接近することとなるなら、船舶は『十分に余裕のある時期にこれらの事態を避けるための動作』をとらなければなりません。

特殊な状況

港口や河川の通航にはそれら固有の危険があり、COLREG条約は全ての状況を予想していないため、多くの状況が第2条のもとで「特殊な状況」に包含されます。

パイロットの乗下船場所と港口

一般に、パイロットを乗下船させる外洋からの接続水域では、パイロット乗下船前後に船舶が多方向から集まり、離れ、そして針路を変えていくため、操船者にとって特別な困難を伴います。操船者を幻惑する灯火や複数船舶が密集することが頻繁にあり、これらは、予想外の「著しく接近する状況」や衝突事故を引き起こします。このため、油断なき見張りと早期の交信が必要不可欠です。ここでもまた、目視とレーダー見張りを相互に関連させ、他船の意図を把握することが非常に重要です。

河川の通航―制限水路で船舶が輻輳する状況

河川内では船舶が輻輳する状況から逃れなければなりません。また、河川の湾曲部で他船と行会うのは得策ではありません。河川を下る船舶は湾曲部で広い水域が必要となるため、遡航する船舶に湾曲部の手前で一旦留まるよう要求するような、『航行管制』を行うことを検討すべきです。河川流があるため、これを下る船舶と比較して、遡航する船舶の方が容易に速力を制御することが出来ます。

基本原則

以下は衝突防止の基本原則です。航海士の誰もが認識すべきです。

  1. 行会い態勢―他船に対して、大幅に針路を転じる、CPAを大きくとる、夜間であればマスト灯の間隔をひらく、他船に針路を転じたことを示す等の動作を早期にとり、他船がほぼ船首方向(正船首方11度内あるいはその付近)に位置するような状況を避ける。
  2. 横切り態勢(第15条、Starboard-hand ruleとも呼ばれる)―相手船の紅(左舷)灯が見える場合は、針路を転じその進路を避ける。相手船と著しく接近する状況で航過しようとせず、早期に衝突回避動作をとる。
  3. 他船の方位に変化がなく船間距離が縮まる場合、必要な措置を取らない限り衝突する可能性が極めて高い。他船を避航するため針路を転じてその方位を変化させる。
  4. 直前まで針路や速力の変更を待たないこと。確信が持てない時は船長を呼ぶ。他船と早期に連絡をとる。

おわりに

今日では、レーダー、ECDIS、AIS、ARPA、Voyage Data Recorder(“VDR”)などの電子航海支援装置により、ISM(InternationalSafety Management)及び船社内部規則の下、船舶が衝突を回避する能力は高まっています。

しかし、このような最新の航海支援装置を搭載していても、船橋当直者がこれらを有効活用しなければ、彼らを援助するとともに気を散らさせることにもなり、依然として事故発生のリスクがあるままです。

たいていの衝突事故は避けることができます。多くの衝突事故は人為的ミスにより発生していますので、適切な訓練と油断なき警戒がなされていれば、ほとんど全ての衝突事故は避けることが出来るのです。