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【海の法律】船荷証券(B/L)、傭船契約(C/P)上のさまざまな要請と補償状(LOI)-その重要性と危険性-

2021/04/01

津留崎・小林法律事務所 弁護士 津留崎 裕

前回は船荷証券(B/L)の重要性ならびにB/L提示無しの貨物引渡および補償状(Letter of Indemnity、LOI)の問題点を総論的に述べましたが、今回はより具体的な事例で、LOIの問題点を実務者にとってできるだけ平易に解説します。LOIは貨物引渡にだけでなく、B/Lまたは傭船契約上のさまざまな事項について提出されますので、これらにも触れます。

なお、より専門的な論点については、「Letter of Indemnity(LOI、補償状)とその法的実務的諸問題」をご参照ください。

1. 関係裁判例~先例と競馬の予想、信ずべし、信ずべからず

まずLOI 関係の判例を俯瞰しましょう。

1. 1. LOIに関連して起こる紛議や求償は、実際には千に三つ、万に三つという低い確率でしか起こらないものです。また、紛議が起こっても裁判外で解決することが多く、裁判例として発表される事例は内外とも必ずしも多くないようです。私が直接間接に経験した事例では、高品質の化学品や高価な冷凍魚・果物等のB/L提示無しLOI 荷渡しで、数百万ドルのクレームがなされたことがあります。またB/Lに中古車を新車と表示したため、中東で本船が拿捕され没収命令が出されたことがあります。いずれもP&I Clubの保険てん補外で、前者の事例ではLOIの発行者には資力がなく、後者ではLOI未発行で、各船主は深刻な問題となりました。したがってLOIをもらったから一安心、出して要望を通したから一安心と考えてはいけません。

ところで、最近は署名したLOIを実際には発行せず、C/PのLOI条項の援用をE-Mail 等で行う簡易な「LOI発行」方法が行われています。この場合傭船者の権限者による適式な出状が実際になされたと認めるべきか否か紛争が起こりえますので、権限者により署名されたLOIをPDF copyやFaxで取得する方法を採るのがより安全です。

1. 2. 英国や日本の判決・仲裁例では、以下の事例がありますので参考にしてください。先例はもちろん非常に参考になりますが数が限られていること、実際の事例は事案によって内容・性質が異なりますので、参考にはしつつも、機械的な適用や盲信は避けるべきです。

事例1:C/PのLOI条項の規定と実際に発行されたLOIの文言が異なる場合のLOIの効力~二枚舌の人

C/PでLOIに関して規定しその下でLOIが発行されることがよくあります。その場合両者の規定の相違が紛議を起こすことがあります。例えばC/PにはLOIの効力期間の規定があるが、LOIにはない場合。

なお、LOIの期間については、定期傭船契約にLOIによる貨物引渡が船主・本船の義務として規定される場合が多いですが、LOIを受け取るどのような場合も、国際 P&Iグループ(IG)Form(LOIの有効期間規定無し-銀行保証用を除く)を使用すること、およびその旨を当該 C/Pに規定しておくことがベターです。

IG FormにはB/L original全通がCarrier側に引き渡された時点で保証状の責任は終了する旨規定されています。しかし、実務上 B/L original全通の提出に非常に時間がかかりなかなか提出できないことが多く、LOI発行者側がLOIの有効期間規定にこだわることがありますが、IG Formのとおりにしておくと船主のリスクは低くなります。

他には船主が貨物の数量につきB/Lに本船ではなく陸側の数字を記載するように傭船者に要請されたり、本船側の問題でなく貨物の性質や揚地の計測不備等による揚地での貨物の数量不足(Cargo Shortage)が起こることが実務上よくあります。よってC/Pはこの種の数量不足損害について傭船者は船主に補償すると規定することがありますが、傭船者が実際に発行したLOIは全てのCargo ClaimsをCoverすると規定していました。

いずれの事案でも、LOIの効力等は、事案の内容、当該文言、当事者の意思等によって解釈されることが多いようですが、このような齟齬には注意が必要です。例えば上記 LOIの期間の相違の事案では、発行されたLOIの期限はC/Pの規定に拘わらずLOIの文言どおり期間無しと裁判で判断されました。しかし、上記 Cargo Claim 補償の事案では、LOIにCargoShortage損害に制限する文言はありませんでしたが、C/Pの規定どおりCargo Shortage損害の補償のみに限定されると判断されました。

事例2:B/L提示無しのLOIによる貨物引渡し相手が、LOI 記載の当事者か否か~他人のそら似

B/L提示無しの貨物引渡の場合、貨物引取に代理人等さまざまな利害関係者が出て来ることが多く、誰が正しい引渡対象者か?識別する問題や、貨物を渡した相手がLOI 上のそれではなかった等の問題がよく起こります。この点を受けてIGの推奨文言は、“X [引渡し相手名] or to such party as you believe to be orto represent X or to be acting on behalf of X”と、運送人側が引渡しすべき相手と信じる者(もちろん信じるにつき相当な理由は必要でしょう)であれば貨物を引渡してよいと改訂されました。Japan P&I Clubの2010年10月12日付特別回報第10-016号「国際 PIグループによる補償状の標準書式− B/L引換えなしでの貨物引渡について」ご参照。

この論点は特に発展途上国で多く起こりがちです。例えば、貨物引渡が一旦港湾当局や通関当局を経由する場合引渡の有効性= LOI 記載の引渡相手方に引渡したと言えるのか?という問題です。事案によっては有効な引渡とされない場合や、貨物が保税倉庫/タンクの管理にある間に「紛失」する等実務的に複雑な問題が起こりがちです。貨物引渡は、基本的に現地代理店が発行するD/O(Delivery Order)に基づく貨物の引渡とされていますが、各国各港で貨物の引渡実務や現地規則がいろいろあり、また当該規則が十分機能していない場合もありますので、各港の現地実務や規則等につき現地代理店等に問い合わせるなどして注意を要します。

事例3:荷受人が傭船者宛に出したLOIを、船主が執行できるか否か~他人の褌で相撲を取る

例えば荷受人が傭船者にLOIを発行したが、傭船者は船主には自身のLOIをback to backに発行せず、荷受人のLOIを提出するのみで貨物引渡が行われる場合が実務上ありますが、船主が荷受人に対してそのLOIを執行できるか?の問題が時々起こります。英国の場合には関係法規(いわゆるRights of Third Parties1999 Act)により執行可能な場合が多いようですが、発行されたLOIの宛先には注意が必要です。

なお、貨物に関係するC/Pが複数ある場合、CharterChainをたどって複数のLOIが発行されますが、C/Pが多数ある場合荷受人や再傭船者等から中間傭船者の一部や全部をジャンプして船主へ直接発行されることがあります。その場合船主にとっては、誰が発行するLOIが信用力の点で意味があるか吟味する必要があります。通常は以下の理由他により、船主の直接の契約相手であるHead傭船者発行のLOIが好まれます。

B/L提示無しのLOIによる貨物引渡で、B/L所持人(通常は金融機関)が登場して来て紛議になるのは、貨物を受取ったB/L 上の荷受人が倒産して金融機関に売買代金を支払うことができない場合が非常に多くあります。この場合荷受人と資本関係の無い傭船者等がLOIを発行している場合はまだ回収の可能性がありますが、荷受人がLOIを発行していると回収不能となりますので注意が必要です。

長いCharter Chain(当職は、リーマンショックの直前頃に13社の再傭船者が連なった案件を経験したことがあります)をたどってback to backのLOIが多数発行されている場合、船主から求償される傭船者は、再傭船者から回収するまで、再傭船者は再々傭船者から回収するまで(以下同じ)、求償に応じないことがあり、船主にとって折角 LOIを取得していても、現実の回収までには相当な時間が掛かることが多くなる危険もあります。

事例4:B/L提示無しの貨物引渡とB/L所持人の運送人への損害賠償請求権の時効~証文の出し遅れ

一般にはヘーグルールズ上の貨物引渡日から1年間の時効が適用されるとされていますが、適用法や裁判管轄によって相違が生じますので注意が必要です。またB/Lにはヘーグルーズの適用が規定されていても、B/Lに具体的に1年間の時効期間を規定しておくことは価値があります。この時効期間との関係もあって、LOIの有効期間を1年間とか短期間にするよう傭船者や荷主から船主は要請されることがしばしばあります。しかし、上述のとおりLOIには有効期間は規定しないようにすべきです。重要顧客の要請を入れて規定せざるをえない場合でも、5年(日本の商事時効期間)もしくは6年(英国の時効期間)等の長期間を規定するのがベターで、短期間の有効期間は絶対避けるべきです。

次に私が直接間接に経験しているLOI 事例の典型的なものを、いくつか挙げてみます。

2. 様々な具体事例~神は細部に宿る

船主は次のような傭船者や荷主の要請に、LOIを取得して応じる場合がよくあります。

(1) B/L記載事項に関して~武士に二言はない

事例A:B/Lに記載すべき様々な事項につき、実際と相違する内容の記載(不実記載)要請

例えば貨物の数量、状態、積地名、揚地名、本船積付位置、B/Lの日付、運賃既払、運賃料率、特殊な裁判管轄や仲裁地

事例B:通常はB/Lには記載しない事項の記載要請

例えば貨物の商品名等詳細、品質、Spec、荷揚後のTransship、内陸輸送や引渡場所

事例C:通常は行わない荷役方法の要請

例えば液体貨物のCommingle,貨物への添加物や水分の混入

事例D:船主/CarrierのB/L Formでなく傭船者や荷主のB/L Form/Terminal Formの使用要請

事例E:既に発行済みのB/Lにつき、記載事項の変更、削除、追加の要請

これには荷送人や荷受人、Notify Partの変更要請等もあります。

事例F:既に発行済みのB/Lにつき、記載内容が異なるまたは分割したB/L 等新たなB/L(Split B/L,Switch B/L)の発行または二重発行、B/L本船託送、B/L 紛失と再発行の要請

変更事項を記載したB/LのゼロックスCopyやNonNegotiable B/L OriginalまたはそのCopyの発行要請。

一般にB/Lに実際と相違する事項・内容を記載すると、そのことを知らない第三者には実際の事項や内容が正確であると主張できません(禁反言)。また不実または不正記載は、後述のように刑事罰や行政罰に該当するかもしれませんし、LOIは無効とされる場合があります。またLOIの執行には時間と費用が掛かります。なによりもLOIの発行者が資力難になり倒産すると、LOIは単なる紙切れとなります。なんでもLOIを取得すれば大丈夫だとLOIに軽々に頼らず、慎重に判断し処理することが肝要です。

(2)傭船契約に関して~信じる者は救われない

B/Lの場合と重複するものが少なからずありますが、傭船契約上傭船契約に規定の無い、または既存の規定に反する船主・本船の行為が要請されることがあります。

例えば、危険・禁止地域・港(戦争、海賊、結氷、制裁地域、除外地域、非安全港等)への本船航行・寄港、Slow SteamingまたはFull Steaming、除外貨物・危険貨物の船積み、燃料油添加物添加、Off Spec燃料油の使用、液体貨物のCommingle・添加剤水分等混入、傭船者関係者の本船乗船、傭船者機器等本船搭載、傭船者都合の離路、貨物の特殊な積付け・管理法、Tank/ Hold Cleaning無しの船積み、雨中荷役、瀬取り(Ship to Ship)等特別荷役、保税倉庫/タンク等特別場所への荷揚げ、Tank/船倉洗浄水等排出、積みまたは揚げ荷役の延期、船主支配外区間のThrough B/L 発行、船舶や船積み等に関する(NonObjection)Certificateの発行、B/Lの代わりにWaybill 発行、Terminal B/Lの発行等、要求はさまざまです。

定期傭船契約の場合、使用補償条項(Employment &Indemnity Clause)等で船主は保護・補償されることも多いですが、要請に従うべきかどうか?従うとしても適切なLOI取得は、常に慎重に考慮する必要があります。

3. 注意点~取引は大切だが問題が生じると損をするのは結局船主側

このような要請が傭船者や荷主からなされる場合、船主・運送人は、まずどのような事情や理由でその様なB/Lの記載変更その他が必要なのか?問いただすべきで(Tell Me Why?の原則)、不合理なまたは疑義のある要請については、(LOI提出の提案があったとしても)これを拒絶する英断が必要です。たとえ信用や資力のある傭船者や荷主であっても、問題が生じると船主は多大な不都合や損害を被り、最終解決までには手間も時間も費用も掛かります。しかもP&I Clubはてん補できません。

特に事実と相違するB/Lの記載は、単に民事 Claimsで問題となるばかりではなく、各国刑法・行政法・現地法違反となるおそれがあり、罰金等の制裁だけでなく本船の長期滞船や没収その他の危険性もあります。

また、このような要請に応じることが公序良俗等に反する場合、せっかくLOIを所得してもこれが無効とされる場合もあります。

船主が取引関係上の理由その他で傭船者や荷主の要請に応じる場合も、上記危険性を考慮するとともに、取得するLOIの発行者と文言等につき入念な検討が必要です。

LOIに関しては、紛議や求償が一旦起こると非常にマグニチュードの大きな紛議となりがちで、船社の屋台骨を揺るがすことにもなりかねません。上記のような危険は、前回ご紹介した「B/Lを笑うものはB/Lに泣く」という「格言」とともに、常に念頭におくべきです。