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【海の法律】Letter of Indemnity(LOI、補償状)とその法的実務的諸問題

2012/10/01

津留崎・小林法律事務所 弁護士 津留崎 裕

1.総論―問題の所在と事前対応方法

1)問題の所在

船主は傭船者や貨物関係者等から契約上は船主に受け入れ義務のないまたは契約規定にはない傭船契約やB/L上の様々な要請を受け、Letter of Indemnity(LOI、補償状)を受け取る代わりにこの要請に従う場合がしばしばあります。
しかし船主には法的、実務的に多大なリスクが伴うので安易な受諾は慎むべきです。

B/Lは高額な物品の権利関係を表章し運送契約条項を定め貨物の量・状態等を記載する非常に重要な書類で、その内容を虚偽記載した場合は例えば日本法上刑法違反に該当する刑事犯となり得ますので、注意する必要があります。

後述のようにB/Lに事実とは相違する記載をすることにより蒙る船主の損害や迷惑は甚大なものになりうるが、一般にそれらの損害や結果の多くがP&I保険等保険カバーのらち外であり、仮にカバーの範囲内であっても被保険者の行為が反社会的、反公序良俗、刑法犯等の違法行為である場合はP&I保険等保険カバーがされず、船主が自腹で解決しなければならない問題となりますので特に注意する必要があります。

他方Shippersや傭船者等からはL/Cの規定内容との関連、貨物の量や性状との関連、その他様々な理由に基づき、B/Lの記載事項につき、特に貨物のDescription等につき、様々な要請、修正、追加、新B/Lの発行その他の要求が来ます。

もちろん当該商取引の適切な遂行を図ったり、顧客や契約関係者の合理的な要請を受け入れることにより今後の取引の円滑な遂行や拡大等を図ることは当然です。しかし顧客や関係者の要求の中にはこれを軽々と受け入れるには問題のあるまたは受け入れると本船・船主に不都合や損害を与える可能性のある要求が種々含まれています。大切な顧客や関係者の要請だからと軽々と受け入れると、単に他の利害関係者に迷惑や損害を与えるばかりでなく、本船・船主自体にも不都合や損害を与え、また単に民事的問題になるだけではなく、行政的・刑事的問題や行政制裁・刑事制裁の対象になりえ、過去そのような事案が時々起こっていますので、最大限の注意をする必要があります。

更にかような損害等はLOIを取得しても十分補填できない種類のものが多々あり、また事案によってはLOI自体も無効とされる可能性があります。特にこの種の問題は一旦発生すると非常に甚大な影響や被害を与えますので注意すべきです。

2)事前対応方法-“Tell Me Why”

よって顧客・傭船者・Shippersその他利害関係者からB/Lの記載事項や傭船契約の条項について何らかの要求が来た場合は、まず以下の措置を必ず取るべきです。

A)要請者に要求の理由やBackground事情を質問し説明させる。

傭船者等から何らかの要請が来た場合は、ビートルズの“Tell Me Why(you cried, and why you lied to me)”という佳作を思い出しましょう。要請者に要求の理由やBackground事情を“Why?”と必ず質問することが肝要です。質問する目的は、要求の理由や背景事情等を先方に説明させれば、通常それに応じることによるリスクの有無または軽重が相当程度判明することが多いからです。

B)説明を検討・吟味し、その説明に疑問がないか、理解が出来るか、不明不合理、違法または公序良俗違反となる恐れのある要因はないか検討する。

自分ではよくわからない場合は同僚・上司に必ず聞き、部内での判断に危惧がある場合は法務部門や弁護士に聞くべきです。尚質問に対して要請者から満足なまたは納得いく説明がない場合は、「怪しい」案件として取り扱うべきです。

相手の要求や事情説明は、実務上よくありその要求の理由や事情が十分理解できる種類のものでまた実務上自社や同業他社もよく受け入れている事項もあります。例えば貨物の数量がShore FigureとShip Figureとで異なる場合やB/Lの貨物の記載等をL/Cの記載と一致させたいという場合です。

他方その理由や事情が理解できない場合、または要求に応じると自社や関係当事者に不当に不都合や損害を与える恐れがある場合や、関係者や関係当局に虚偽の事実を表示したり、これを欺罔することになる可能性がある場合があります。例えば積み地や揚げ地の名称を実際のそれとは違う港に変えるよう不合理な理由でまたは理由無しに求めること、貨物の数量や種類、性状につき非常に大きな差異のある記載をするよう求めること、B/Lの日付を実際の船積完了の日付から後または前にずらすこと、その他です。そのような要求を受け入れると、受荷主や船積み、荷揚げ港またはその他の地の関係当局、関係銀行、関係輸出輸入関係法その他関係適用法の違反となる場合があります。またかような要求の下、たとえLOIを一流会社から取得したとしても、本船・船主の権利擁護に役に立たない場合もありますので、要求を受け入れることは非常に慎重にすべきで、少なくとも法務又は弁護士に事前相談する体制が必要です。

以上は懸念するときりがないところもありますが、また実際に問題になるのは千三つ万三つの確率の世界のものですが、一旦事件や問題が起こると下手をすると会社の屋台骨を揺るがすマグニチュードの事態にもなります。

2.各論―要求事例と対処法

以下筆者がこれまでの長い経験で遭遇した事例の一部をご紹介します。

1)B/Lに関する要求

事例:Cargoの実際の数量等が正確にCheckできずCharterers/Shippers等の申告のみでB/Lに記載することがあります。またB/Lに記載すべき事項の内容に紛議がある場合、ある事項の記載やあるRemarkの記載または不記載について当事者の一方が正しいと考える内容とは異なる記載の要求されることがあります。

  1. Cargo量:Cargo量の正確なCheckが困難又は不能なとき(例えばLogの数、Oilの量)、Charterers/Shippersの申告FigureをB/Lへ記載するよう要求される場合
  2. Cargo Condition:Cargoの状態に紛議があるがCharterers/Shippersの言い分に説得されて/強いられて、妥協として又は時間がないので、Clean B/Lの発行を要求される場合(Foul B/L-Remark付B/Lを発行してもClean B/Lを要求するL/C条項との関係で銀行は受けつけない)
  3. B/L日付、揚げ地等:B/L Date, Loading Port, Destination, Stowage位置を変更してB/Lに記載すること又は記載を変更したB/Lを新たに発行することを要求される場合
  4. 貨物Spec. Commingle等:貨物荷揚げ前や揚げ後のTranshipや内陸輸送の記載、貨物のSpec.や品質、IMO Name, SCAC Code、L/C内容、特殊な裁判管轄や仲裁地の記載、貨物のCommingle、添加物や水分の混入、Clean on Board記載等を要求される場合
  5. Freight:C/P 上FreightはLoading完了後5日以内に支払いなどの合意がされるも、Freight Prepaid B/Lの発行が要求される場合やFreight Rateの記載が要求される場合
  6. Split B/L Switch B/L等:荷受人やNotify Party変更、Split B/L Switch B/L発行、B/L本船託送等が要求される場合、積地以外へのB/Lの送付による発行、B/LMissing又はLostと再発行が要求される場合
  7. B/L無しの貨物引渡:B/L Original提示無しの貨物引渡、裏書き無しB/Lでの貨物引渡が要求される場合

以上に関しては変更事項記載のOriginal B/Lの発行以外に、変更事項を記載したB/LのゼロックスCopyやNonNegotiable B/L OriginalまたはそのCopyのみの提出を求められることもあります。また単に誤記の修正を求められることもあります。上記と同様の注意を払う必要がある。

2)傭船契約に関する要求

事例:以下の事項等が要求される場合。
危険地域(戦争、海賊、結氷、制裁地域、除外地域、非安全港等)への本船航行、寄港禁止港寄港、Slow Steaming又はFull Steaming、除外貨物・危険貨物の船積み、燃料油Commingle添加物添加、傭船者関係者本船乗船、傭船者機器託送品本船搭載、傭船者都合Deviation、貨物特殊積付けとその管理方法、Tank/Hold Cleaning無しの船積み、雨中荷役、瀬取りShip to Ship 等特別荷役、保税倉庫/Tank等特別場所への荷揚げ、Tank/船倉洗浄水等排出、積みまたは揚げ荷役の延期、船主支配外区間のThrough B/L発行、船舶や船積み等に関する(Non Objection)Certificateの発行、B/Lの代わりにSeaway Bill発行、Terminal B/Lの発行等要求

3)リスク

B/Lの記載事項が事実と相違しても善意のB/L Holderに原則として対抗できない。即ちFreightが未払いの事実、実際の貨物量・状態、貨物の損傷やShortage等を善意の受荷主に対抗できなくなる。

B/L二重発行、B/L回収が無効となる等の恐れがある。

P&I保険Cover受けられなくなる恐れがある。

B/Lの不実記載:各国刑法・行政法・現地法違反の恐れがある-発展途上国地域の事案に特に要注意-本船の長期滞船や没収の危険がある。

B/L Dateの先日付:例:売買価格との関係、受荷主が積み地または揚地の新税法の適用を逃れる目的で行われる。本船の差押等のRiskがある。

積地揚地の変更:例:敵対国等への輸出、敵対国からの輸入をごまかす目的で行われる。場合によっては不実記載が現地の法律に違反することがあり、貨物や本船の差押等Riskがある。

傭船者の要求に従うことで、本船・乗組員・船主・本船船主関係者・積載貨物等への不都合や損害のRisk、関係法令条約等違反のRiskがある。

3.Letter of Indemnity (LOI,補償状)

1)LOIの意義・有効性

これらのRisksをCharterers等にヘッジするため適切なLOIを取得することが必要です(いわゆる”Single LOI”かBank Guarantee)。国際P&IグループがB/L未着揚げ地変更の場合の推奨Formsを発表しており参考になります。但し事案に適切な文言を検討する必要があります。

またLOIの合意事項がIllegal(違法)であったりPublicPolicy(公序)に反するような場合(例B/Lの不実記載が第三者を詐欺(Fraud)にかけるような場合)、LOIはUnenforceable(無効)と判断される恐れがあります(英国判例Brown, Jenkinson v. Percy、例えば明らかな著しい欠陥包装なのにそのようなRemark無しのClean B/Lを出した場合)。しかし貨物の状態には関係当事者間に見解の相違もありえ、かようなLOIが常に違法・無効とされるかまた英法以外の法が適用される場合でも同様に無効となるかは疑問で、何れにしろ各事案の事情をみるべきです。本船船長・乗組員はCargoの状態が多少よくないと評価するが、この評価は間違いかもしれず、Shippers等の主張に説得力があればClean B/Lを純粋な意図で出すことがあり、この場合LOIを無効と出来るか?の問題もあります。本来SellerとBuyer間の売買契約の問題を本船側の責任に押しつけている物品売買契約の現実やL/C上の要求事項という問題もあり注意すべきです。

2)B/L未着とLOI

近時特にOil/液体Cargo運送ではB/L原本提示無しのCargo Deliveryが通常の実務となっています。しかしCargo Receiversが倒産して売買代金が支払われずSecurity(担保)としてB/Lを保有する銀行が現れる例のように、B/L保有者が本船/Owners/Carrierに貨物引渡を受けられない損害をClaimするRiskがあります。基本的にOwners/CarrierはB/L提示無しの貨物引渡に応じる必要はありませんが、取引上の必要からまたは本船の滞船を防ぐ意味からこれを行うことが実務上非常に多く、またC/PにB/Lではなく傭船者のLOIで貨物を引渡す義務が合意されることがあります(これを行うこと自体は各国法上通常Illegalではありません、例えば英国判例The "Sagano", The “Nemea”,The “Sormovskiy 3086”)。

Receiver/CharterersからLOIを取得し貨物を引渡す場合のため、国際P&Iグループの推奨Formがあります。
近時は引渡す相手先の身元確認やB/L保有者からClaimが来た場合の船主のLOI発行者へのアプローチ方も注意するよう推奨されています。

また近時はC/PのLOI条項の援用をE-Mail等で行う簡易な「LOI発行」方法が行われていますが、適正な出状が実際にされたと認められるべきかにつき紛争が起こりえますので、Signed LOIをScanやFaxで取得する方法を奨めます。またC/PのLOI条項も適切な文言が必要です。更にLOIの宛先やカバー関係者をどこまで含めるかとかLOIのSignerのタイトルの高さという問題もあります(B/L無しの貨物引渡しに関する英国判決“The Bremen Max”はLOIにまつわる様々な論点を扱い参考になります)。

他方かような貨物引渡はB/L保有者が現実にClaimして来た場合Claim額は一般に大きくなり、RiskはP&I保険のCoverの対象にもなりませんのでLOIは確実な相手から適切なFormで取得する必要があります。

3)B/L提示無しの引渡しと時効

Hague(Visby)Rulesの1年のTime LimitがB/L HoldersのClaimに適用されるかの論点があります。またB/L裏面の1年間の時効条項の規定の有効性が争われた裁判事例があります。更に船積前又は荷揚後の事由の免責規定(日本国際海上物品運送法15条)の適用が争われた裁判事例もあります[例えば日本国最高裁判決平9.10.14(海事法研究会誌1998-8-No.145)]。この問題は船主がいつまでLOIを保有しCharterers等に返還解除しないようすべきかの問題とも関わっています。

4)B/Lの本船への託送

B/L全通(通常Original全3通がOne Setとして発行される)は原則としてその内1通が提出・回収されれば他の2通は無効となりそれを保有する者が貨物引渡を求めてきても無効です。しかしShippers/CharterersがB/L Original1通を本船に託送し、かようなB/Lの提示による貨物引渡しを要請することがあります(これの変形として積み地でのB/L「提出・回収」の要請や揚げ地でのB/L署名発行の要請のパターンがあります)。これは通常予定されたB/Lの発行・裏書・提出・回収の方法を逸脱しているため、託送B/L Originalを単に1通回収しても、当該貨物引渡しは適正なものと認められないか他のB/L Originalsが無効と認められない可能性があります。かような要請は拒否するか、取引上の理由でやむを得ない場合はLOIの取得とB/L表面への1通のOriginalの託送に関する表示(国際P&Iグループの推奨Wordingあり)を条件に要請に従う必要があります。