海事産業等に対するプライスキャップ連合の勧告(2024年10月改訂版)
2024年10月21日、G7、EUおよびオーストラリアから成るプライスキャップ連合は、「海事産業等に対する勧告(改訂版)」を発行しました。これは、ロシア産の原油および石油製品の取引に関わる利害関係者に対するベストプラクティスの推奨事項をまとめたものです。元の勧告は、2023年10月12日に発表されました。改訂版では、国際的な海上安全および環境保全義務の遵守、タンカー売買に関するデューデリジェンスの強化、制裁対象者とのやり取りの回避、ならびに内部意識の向上に関する新たな推奨事項(第8~11項)が追加されています。
同連合は、改訂版において、石油・石油製品の安全な流通を促進する決意を再確認するとともに、合意されたプライスキャップの枠組みの外で行われている海上石油取引から生じる安全、環境、財政および法的リスクの増大を強調しています。
同連合は、「影の船団」が関与する取引の増加を認識しており、関連する主なリスクを以下のように強調しています(これは前回の勧告から変更されていません)。
– 海上安全と海洋環境上のリスク:
この手の取引に従事する船舶は、一般的に古い船舶です。不適合なまたは偽造された証明書の保持、低水準の旗国や認められていない機関が定める不十分な安全・保守基準、経験の浅い乗組員といった問題があります。
– 保険と経済上のリスク:
同連合は、油流出による甚大な環境被害と高額な処理費用を認識しており、「影の船団」が適切なP&I保険を付保していない、つまり資本や再保険が不十分であったり、海難事故の対応に必要な専門的知見が欠如していたりする危険性を強調しています。
– 評判、物流および財務上のリスク:
闇取引に関与する主体は、複雑なまたは隠蔽された企業構造を持つことが多く、また船舶自動識別装置(AIS)を無効化したり、操作したりしていることが強調されています。このような偽装行為の結果、関係者は知らないうちに自社のコンプライアンス・ポリシーに反する取引を行うこととなり、それが評判に悪影響を及ぼし、取引相手からのリスク回避行動を引き起こす可能性があります。
– 法的および制裁リスク:
海事産業に対し、ロシアのウクライナに対する戦争を受けて、プライスキャップを含む複数の制裁および経済措置が導入されたことを改めて注意喚起しています。偽装行為や闇取引は、制裁や経済措置の違反につながるおそれがあります。新たな方策として、改訂勧告は海事産業に対し、同連合がロシアの石油取引に関与する特定の船舶および取引相手を直接制裁対象に指定したことを改めて警告し、偽装行為のリスクを強調しています。
同連合は、上記リスクを踏まえて、引き続き業界関係者に以下の対策とベストプラクティスを推奨しています。
- 適切な資本を備えたP&I保険の付保を要求すること
1992年民事責任条約(CLC)および1990年米国油濁法(OPA90)に基づく責任に対する十分な保険カバーが確保されるよう、保険会社の財務健全性、実績、規制に関する記録および所有構造に関する適切なデューデリジェンスを実施することが重要です。 - 取引先がIACS加盟船級協会から船級を取得していることを確認すること
同連合は、関係者に対し、取引相手がIACS(国際船級協会連合)加盟船級協会から船級を取得し、船舶が意図したサービスに適合していることを確認するよう奨励しています。 - AISの適切な使用を奨励し、監視すること
関係者は、AISが航海中に継続的に発信されることを奨励するべきです。船舶が正当な安全上の懸念に対応するためにAISを無効にする必要がある場合は、無効化を必要とした状況を文書に記録するべきです。 また、業界関係者は、実際の船舶の位置と一致しない不規則なAISパターンやデータを入念に監視する必要があります。 - リスクの高い船間移送(STS)を監視すること
改訂版における新規項目として、関係者はすべてのSTSがMARPOL条約の規則・規制および国内規制に準拠していることを確認する必要があると書かれています。旧バージョンと同様に、関係者がSTSに関するデューデリジェンスを強化する(特に違法取引活動やAIS操作のリスクが高い地域におけるSTSによる石油貨物の移送に関する通知を含みます)必要性について注意喚起がなされています。業界関係者はまた、STSに関する油記録簿の記録が説明可能なものとなっていることを確認する必要があります。 - 輸送費用や付随費用に関する情報を要求すること
輸送費および付随費用(例:運賃、関税、保険)を膨らませる、またはそのような費用を一つにまとめる行為は、ロシア産石油が価格上限を超えて購入されたことを隠蔽するために使用される方策です。改訂勧告は、ロシア産石油の取引に関わる業界関係者は、特定の状況下、特に規制当局から要求された場合、すべての既知の費用の内訳を要求する必要があるという2024年2月から導入された要件に言及しています。 - 適切なデューデリジェンスを実施すること
改訂版における新規項目として、船籍、船名または所有者が頻繁に変更された船舶や、船齢、事故歴、欠陥または検査履歴に基づくリスクが高い船舶に対して、デューデリジェンスを強化することが推奨されています。 - 懸念のある船舶について報告すること
業界関係者は、プライスキャップ違反疑惑を含む、違法または危険である可能性のある海上石油取引を認識した場合、関連当局に報告しなければなりません。同連合が2024年2月に発行した「コンプライアンスと執行に関するアラート」には、同連合各国への報告方法に関する情報が記載されていますので、ご参照ください。 - 船舶が国際的な海上安全・環境保全義務を遵守していることを確認していること
本勧告は、海上石油取引における基準を維持する上で、旗国および沿岸国が果たす重要な役割を強調しています。旗国に対し、船舶が違法な活動を行ったり、安全・環境規制の遵守を回避したりしていないことの確認を義務付ける2023年のIMO決議が参照されています。また、PSC、沿岸国およびその他関連当局に対し、そのような行為に対処するための措置、例えば、自国の港へ入港しようとする船舶の拘留または差し止め、領海・排他的経済水域(EEZ)内でのSTSの監視などを検討するよう求めています。また、他の業界関係者も、特に懸念のある船舶について旗国、港湾国、沿岸国および関連当局と協力することを推奨しています。 - タンカーの売買を監視すること
改訂勧告では、タンカーの売買および仲介に関わる当事者に対し、特に老朽化したタンカー(リサイクル対象となったタンカーを含む)について、回避的または違法な購入構造のおそれに関するデューデリジェンスを強化することを求めています。デューデリジェンスには、最終的な受益所有権に関する情報、買い手または関連する船舶管理会社が以前に違法または安全でない可能性のある行為に関与した船舶と関係があったかどうかの把握、連絡先の詳細、資金源、買い手側の受益権のある所有者の証明書のコピーなどの情報の取得が含まれます。 - 制裁対象者とのやり取りを避けること
改訂勧告は関係者に対し、関連する国家当局がライセンスまたは適用除外を認可している場合を除き、制裁対象者とやり取りを行っていないことを確認するために常にリスクを監視するよう呼び掛けています。関係者はまた、制裁違反リスクを特定するため(例えば、取引相手が最近制裁対象者と取引したかどうかを把握するため)に予防的な調査を行うべきです。 - リスクに対する認識と市場の透明性を高めること
改訂勧告は、関係者に対し、従業員および関連パートナーを対象とする、影の船団の活動や偽装行為のリスクに焦点を当てたトレーニングプログラムを作成するよう求めています。プログラムは、危険信号の特定、偽装行為が海事安全に及ぼす影響の理解、適切な報告慣行、制裁リスク、透明性とコンプライアンスの重要性などのトピックに対応する内容とする必要があります。 また関係者は、偽装行為に対抗するために、業界パートナーとの情報・データ共有を含め、開かれたコミュニケーションと協力体制を優先すべきであると指摘されています。
OFACによる海事産業に対する制裁遵守ガイダンス
2024年10月31日、米国財務省外国資産管理局(OFAC)は、「海事産業に対する制裁ガイダンス」を発行しました。このガイダンスはシナリオ形式となっており、その目的は、制裁回避の兆候となる新たなまたは共通の事実パターンを特定すること、取引相手に対するデューデリジェンスに関する共通の問題に対処すること、および制裁遵守を促進するベストプラクティスを実施することにおいて、海事セクターの関係者を支援することです。
組合員には、上述の「海事産業等に対する勧告(改訂版)」および「海事産業に対する制裁ガイダンス」をご確認いただくことを強くお勧めします。当該取引に適用される制裁措置に違反した場合、保険てん補が受けられないことにご留意ください。また、制裁リスクの高い取引に従事する前に、貿易チェーン全体の関係当事者、貨物、船舶およびその他サービス提供者に関し、徹底的なデューデリジェンスを尽くし、デューデリジェンスの調査結果の記録を保管することをお勧めいたします。
国際P&Iグループの全てのクラブが同様の内容の回章を発行しています。