【コラム】世界初!商用アンモニア燃料タグボート「魁」-開発と安全運航の舞台裏
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「CHALLENGE, TO THE FUTURE,」を掲げ、先進的な取り組みをされている株式会社 新日本海洋社(以下、SNK)に世界初の商用アンモニア燃料船「魁」の開発と安全運航の舞台裏を取材した。

写真左から:企画部課長八木野麻枝氏、海務部次長代理浅田泰宏氏、工務部次長石田彰幸氏
プロフェッショナル集団によるプロジェクト
アンモニア燃料船「魁」は、2024年8月に世界初の商用アンモニア燃料船として竣工したタグボートである。同船はLNG輸送船以外では日本初のLNG燃料船としてSNKが2015年から8年余にわたり運航した船体がベースとなっており、エンジン換装など10か月にわたる改造工事を経て、アンモニア燃料船へと生まれ変わった。

商用アンモニア燃料船の建造プロジェクトは世界でも例がなく、LNG燃料船運航の先駆者であるSNKにとっても前例のない挑戦だったという。アンモニア燃料は毒性・難燃性・腐食性といったLNG燃料とは異なる特性を持つため、安全性と商用運航を両立させる操作性の確保が大きな課題であった。
プロジェクトはSNKの親会社である日本郵船株式会社のほか、株式会社IHI原動機、一般社団法人日本海事協会、京浜ドック株式会社等の各社が名を連ね、その中でSNKは8年間にわたるLNG燃料船の運航により培った知見を基に、設計時のアドバイス、建造時の工務監督、バンカリング(燃料供給)オペレーション、乗組員教育といった重要な役割を担った。
「関係者が多かったので、毎週のオンライン会議に加えて、対面でのコミュニケーションも密に取り、情報共有を徹底しました。」(企画部 八木野氏)
関係者全員がプロフェッショナルであり、それぞれの専門分野に基づいて意見交換は活発におこなわれ、全員が本プロジェクトにおける安全性の重要性に対する共通認識を持っていたため、順調にプロジェクトは進んだという。
「皆さん、安全性第一ということが明確だったため、全体最適の解を理解し、納得してくださいました。それぞれの立場でプロ意識を持ち、前向きに取り組んでいくことができ、おかげさまでプロジェクトは円滑に進みました。」(工務部 石田氏)
特にLNG燃料船運航の知見がいかされたのはエンジンの開発部分であった。メーカーとSNKが密に連携を取ることで、機器のプロであるメーカーとガス運航のプロであるSNKの知見を融合し、完成度を高めていった。
安全性への飽くなき追求-正しく知って、正しく恐れる
アンモニアは人体へ影響を及ぼす毒性を持つため、乗組員の安全確保は最重要課題である。SNKはこの課題をクリアするために、アンモニアの製造会社を招いての安全衛生講習やグループ会社のラボの協力の下アンモニアの物性に関し、身をもって理解するための実験研修の実施、また、船主である日本郵船によるアンモニア燃料船の安全確保についての説明会の実施など、就航前からさまざまな見学会や研修を実施し、海陸社員の教育に力を注いできた。これら見学会や講習会は「正しく知って、正しく恐れる」をモットーに、竣工後も適切なタイミングで実施する予定である。
「アンモニアは危険な物質ですが、正しい知識を持てば安全に取り扱うことができます。研修を通して、乗組員に安心して作業してもらえるよう努めました。」(海務部 浅田氏)
また、ハード面でも「魁」は改造前のLNG燃料船とは異なる安全対策を施した。アンモニアは毒性があるためアンモニア燃料での運転中は、機関室は立入禁止区域となっている。万一、乗組員が機関室の扉を開けてしまったときの備えとして、機関室の扉が開くと自動的にアンモニア燃料による運航からディーゼル運航に切り替わる仕様設計や、アンモニアは水に溶けやすい性質に着目し、緊急時には清水を散水してアンモニアを水に吸着させる制御システムを設置している。さらには、船内に3つの区画制限(立入禁止区域、条件付き区域、安全区域)を設け、それぞれの区画で乗組員が身に着ける保護具を定めるなど、安全対策は枚挙にいとまがない。なお、携帯用ガス検知器や防護マスクは常時携帯することになっており、乗船前に保護具の試着会をおこない、乗組員は正しい装着法を習得している。
また一部船内には立入禁止区域があることから、操船時に常にモニターで監視できるよう、通常の船は固定カメラが5台程度のところ、「魁」には360度カメラが10台以上設置されている。
「万が一の事態も想定し、あらゆる角度から安全性を追求しました。乗組員が安心して働ける環境を提供することが、私たちの使命です。」(石田氏)

経験と技術の融合ー安全性と商用運航の両立
「魁」の乗組員は、LNG燃料船の運航経験を持つベテランぞろいだ。彼らの経験は、アンモニア燃料船の安全運航に大いに役立っている。
「LNG燃料船での経験は、アンモニア燃料船の運航にもいかされています。しかし、燃料の特性が異なるため、新たな知識や技術も必要です。乗組員は日々勉強し、経験を積んでいます。」(八木野氏)
また、LNG燃料船運航の経験を持つ乗組員の意見は、船舶の設計にもいかされている。現場の声を反映することで、より安全で効率的な船づくりを目指した。
「乗船を経験した現場の意見は非常に貴重です。私たちは乗組員と協力しながら、より良い船をつくっていきたいと考えています。」(石田氏)
世界初のアンモニアバンカリング
「魁」へのアンモニア燃料のバンカリングは、LNG燃料船「魁」の知見をいかし、陸上のタンクローリーから専用ホースを船体に接続しておこなう“Truck to Ship方式”を採用。商業ベースで運航するアンモニア燃料船に対するTruck to Ship方式での燃料供給も、世界初の事例である。

「Truck to Ship方式でのアンモニアバンカリングは、世界初の試みであり、多くの困難がありました。関係機関と協力し、安全対策を徹底することで、成功に繋げることができました。」(八木野氏)
こうしたバンカリングは、アンモニアのサプライチェーン構築の一翼を担い、ゼロエミッション達成に貢献するものと期待されている。
次世代燃料への挑戦-走り続けるプロジェクト
SNKでは8年余にわたる日本初LNG燃料船の安全運航の完遂がその後のLNG燃料船の普及につながったことから、今回も再びアンモニア燃料船の安全運航を完遂することで、アンモニアの船舶燃料としての利用価値を高め、次世代燃料の一つとして広く認知され、選択されることにつながると考えている。
「アンモニアは、火力発電所の燃料や水素キャリアとしても活用が見込まれていて、今後、国内外で需要が拡大すると考えています。環境負荷の少ないアンモニアのバリューチェーンの構築が不可欠になっていくと予測しています。」(八木野氏)
さらに「魁」に続くアンモニア船の実用化と普及に向けた動きとして、日本郵船は協力会社とコンソーシアムを組み、2026年度に外航船のアンモニア燃料アンモニア輸送船を竣工させる予定で、このアンモニア燃料アンモニア輸送船には「魁」と同じエンジンが発電機補機として搭載されることとなっており、今回の「魁」建造の知見が十分にいかされることになる。
また、日本郵船は「2050年ネット・ゼロエミッション」を目標に掲げており、SNKは日本郵船グループの一員としてその目標達成に向け、アンモニア燃料以外の次世代燃料の検討にも力を入れている。大型船と違い、エンジンの負荷変動が大きいタグボートに合った次世代燃料は何なのか、アンモニア燃料だけでなく、バイオ燃料や合成燃料など、さまざまな次世代燃料にトライすることが必要と考えているという。また、LNGやアンモニアといった新たな燃料への挑戦は、脱炭素化に向けた社員の意識の醸成に寄与しているとのことであった。
アンモニア燃料船「魁」プロジェクトは、多くの関係者の努力と情熱によって成功に導かれ、今なお、止まらないプロジェクトとして進化し続けている。SNKは今後も次世代燃料の活用に取り組み、持続可能な社会の実現に貢献していく。SNKは正に「CHALLENGE, TO THE FUTURE,」を体現する組織であるといえよう。

おわりに
このような海運業界の脱炭素への新しい取り組みについて、現場のお話を直接伺えたことは、当組合にとって大変貴重な機会でした。
Japan P&I Clubは、新しい取り組みに挑戦される組合員の皆さまのニーズをしっかりと受け止め、これからも、万が一に備えた保険サービスの提供を通じ、安全運航のサポートに努めてまいります。
新日本海洋社の皆さまにおかれては、貴重な機会を設けてくださいまして、深く感謝申し上げます。
以上