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92CLCにおける「船舶」の定義に関するIOPC基金ガイダンスの改訂について

2025/12/26 第25-019号

2025年11月に開催された国際油濁補償基金(IOPC基金)総会において、IOPC基金が発行している船舶の定義検討に関するガイダンス(Guidance for Member States – Consideration of the definition of ‘ship’)に新たな脚注を追記することが採択されました。この脚注は、1992年の油による汚染損害についての民事責任に関する国際条約(92CLC)が定義する「船舶」と2001年バンカー条約が定義する「船舶」の両方に該当する船舶について、92CLCにおける「船舶」に該当しなくなったと判断するための標準手続に関するガイダンスを定めるものです。

 

本特別回報では、上述の脚注追記の理由およびMARPOL条約附属書I貨物と附属書II貨物を切り替えて輸送するタンカー用のガイダンスの概要についてご案内します。(すべてのMARPOL条約附属書I貨物が92CLCまたは2001年バンカー条約における持続性の炭化水素鉱物油であるわけではありませんが、貨物が持続性か非持続性かについての疑義を避けるため、MARPOL条約附属書I貨物と附属書II貨物の切替えを行う場合は、本ガイダンスに従うことが推奨されます。)

 

法的枠組み

 

持続性油を輸送するタンカーによる油濁損害に関する補償制度の概要

92CLC、1992年基金条約(92FC)および2003年追加基金議定書は、各条約の締約国の領域または排他的経済水域において発生した、タンカーからの持続性油の流出による汚染損害に関する責任制度を確立しています。

 

92CLCの下では、登録船主は、船舶からの持続性油の流出・排出による汚染損害について厳格責任を負う一方で、船舶の総トン数に応じて、責任を制限することができます(8,977万SDRが上限です)。92CLCによる補償が受けられない場合または十分ではない場合、92FCが最大で2.03億SDRまで被害者を補償します。92FCに基づく金額を超えた場合、追加基金が追加の補償を行い、これにより一事故当たりの総補償額は7.5億SDRとなります。どちらの基金も、締約国の油受取人に課される拠出金によって賄われます。

 

タンカーが92CLCにおける「船舶」に該当する場合

92CLC第1条1項は、「船舶」を次のように定義しています。

「ばら積みの油を貨物として輸送するために建造され又は改造された海上航行船舶及び海上用舟艇(種類のいかんを問わない。)をいう。ただし、油及び他の貨物を輸送することができる船舶については、ばら積みの油を貨物として現に輸送しているとき及びその輸送の後の航海中(その輸送による残留物が船舶内にないことが証明された場合を除く。)においてのみ、船舶とみなす。」

 

92CLC第1条5項は、「油」を次のように定義しています。

「原油、重油、重ディーゼル油、潤滑油等の持続性の炭化水素の鉱物油をいい、船舶により貨物として輸送されているかその船舶の燃料タンクにあるかを問わない。」

 

つまり、92CLCは、貨物を積載したタンカーからの貨物の流出だけではなく、燃料油の流出も対象としています。また、貨物を積載していないタンカーからの燃料油の流出であっても、その前の航海でばら積みの油を貨物として輸送しており、その輸送による残留物が船舶内にないことが証明できない場合は、同条約の対象となります。後者に該当する案件として、以下のBow Jubail号事案が生じました。

 

Bow Jubail号事案

 

事案の概要

2018年6月23日、石油・ケミカルタンカーであるBow Jubail号は、バラスト航海中にロッテルダム港の桟橋に接触し、約217トンの燃料油を流出させました。本船は、事故当時は空荷でしたが、その前の航海で持続性油を貨物として輸送しており、持続性油を荷揚げした後、MARPOL条約に基づく予備洗浄を行い、洗浄水を陸上の受入施設に排出したうえで、次の貨物の積載に必要な清浄度基準を満たすための洗浄を2回行っていました。

 

本船船主は、2001年バンカー条約に従って、海事債権責任制限条約(LLMC)に基づく責任制限の申立てをロッテルダム地方裁判所に行いました。しかし、同申立ては、船主が事故当時の本船内に残留物がなかったことを十分に証明しなかったことを理由に却下され、控訴審もこれを支持しました。

 

その結果、92CLCが適用され、責任限度額はLLMCより約160万SDR高額となりました。また、当該汚染損害は責任限度額を超過したため、92FCによる補償が適用されることとなりました。

 

最高裁判決

2023年3月31日、オランダ最高裁判所は、上述のロッテルダム地方裁判所と控訴裁判所の判決を支持する判決を下しました。

 

同判決は、92CLC第1条1項における「船舶」の定義が1992年基金理事会の確立した理解とは全く異なって解釈されるリスクがあることを浮き彫りにしました。このような解釈の相違が生じた理由の一つとして、控訴裁判所が指摘したように、MARPOL条約附属書I貨物と附属書II貨物を切り替えて輸送する船舶において、どのような場合に残留物はないとみなされるかを判断するための確立された標準手続がないことが留意されました。

 

本件が92CLCにおける「船舶」の定義に広範な影響を及ぼす懸念があったことから、1992年基金理事会はIOPC基金事務局長に対し、92CLCにおける「船舶」に該当しなくなったと判断するための標準手続に関するガイダンスを作成し、また92CLC第1条1項における「残留物」の解釈を検討するよう要請しました。

 

IOPC基金事務局長は、IOPC基金の既存の出版物に脚注としてガイダンスを組み込む方向で、国際P&Iグループを含む業界代表と一連の会合を行い、「残留物」の解釈を含む脚注の最終案は、2025年11月のIOPC基金総会に提出されました。

 

脚注

 

IOPC基金総会で採択された脚注は、次の通りです。

 

「92CLCの適用上、『残留物』とは、重大な汚染リスクを示す量の持続性油貨物の残渣をいう。MARPOL 73/78条約附属書I第4章に従ってタンク洗浄を行えば、残留物とそれによる重大な汚染リスクは除去される。MARPOL 73/78条約附属書I第4章に従って貨物タンク、スロップタンク、残渣油タンクおよびすべての関連するポンプ・配管の洗浄とフラッシングを行い、油、タンク洗浄水および油性混合物を船舶から排出または移送した場合、MARPOL条約に基づき船長が連署した記入済みの油記録簿は、残留物が船舶内にないことの一応の証拠となる。」(仮訳)

 

この脚注は、IOPC基金による船舶の定義検討に関するガイダンス(Guidance for Member States – Consideration of the definition of ‘ship’)の3.1(2)と 3.1(4)に追記されました。同ガイダンスは、IOPC基金のウェブサイトでご覧いただけます。

 

「残留物」の解釈

92CLC第1条1項における「残留物」は、タンク内に油が一切残っていないことの証明を要求するものではなく、タンクが重大な汚染リスクを示さない程度に十分に洗浄されていることを要求するものであるという解釈が共通認識であることが確認されました。

 

船長による連署

MARPOL条約における油記録簿に関する要件として、担当職員が完了した作業ごとに署名と日付の記入を行い、船長は記入が完了した各ページに連署することが求められています。

 

脚注の作成過程において、船舶に残留物がないことの一応の証拠として機能する手続の案がいくつか検討された結果、MARPOL条約で要求されている船長の連署が、船主に追加的な負担を生じさせることなく、明確かつ確固たる手続として適切であると結論づけられました。

 

船長が連署する場所については、MARPOL条約の要件に従い、油記録簿の項目ごとではなく、記入が完了したページの下部に連署することが確認されました。空欄のあるページに連署する場合は、船長は一連の作業の終わりのページ下部に署名し、その後の記載が行われないようにページの空欄部分を抹消線で消すことが慣行であることも確認されました。

 

組合員へのガイダンス

 

組合員におかれましては、本ガイダンスに留意され、MARPOL条約附属書I貨物と附属書II貨物を切り替えて輸送するタンカーを運航する乗組員による本ガイダンスの周知・遵守の徹底が求められます。なお、本ガイダンスは、MARPOL条約における既存の義務を上回る新たな義務を創設するものではありませんが、船舶内に残留物がないことの一応の証拠とする手続きを規定しており、前向きな進展といえます。これにより、前の航海で持続性油を輸送した空荷のタンカーが燃料油を流出させた場合、残留物がないことを証明し、LLMCまたは適用される国内法に基づく責任限度額に依拠することができるようになることが期待されます。なお、当該脚注のいかなる記述も、船主が残留物はないことを証明する追加的な証拠(そのような証拠がある場合)に依拠することを妨げるものではありません。

 

国際P&Iグループの全てのクラブが同様の内容の回章を発行しています。