フィリピン船員法(マグナカルタ)施行に関する重要点:第三者医師の紹介と裁決の執行に関する変更
2024年9月23日にフィリピンは共和国法第12021号、別名フィリピン船員のマグナカルタを制定し、移民労働者省(DMW)と海事産業庁(MARINA)が関係政府機関と協力して、2025年1月8日に施行規則(IRR)に署名し、必要な規則を公布しました。
この新しい法律は、海員学校、訓練、福祉、船員によるクレームの処理など、船員に関するあらゆる側面を改善することを目的としています。IRRは同法の文言と精神が確実に実施されるよう、いくつかの条項を明確化しました。フィリピン海外雇用庁の標準雇用契約書(POEA SEC)の規定に沿った内容が多いですが、2つの重要な点での変更により、船員クレームに関する状況が大きく改善するのでは、と期待されています。マニラのコレスポンデンツであるDel Rosario and Del Rosario Law Officesから以下のアドバイスを得ましたので、ご参考に供します。
1. 第三者医師の紹介(法第57条)
POEA SECの第20条A第3項は、「船員が指名した医師が評価に同意しない場合、使用者と船員は共同で第三者医師の起用に同意することができる。第三者医師の決定は最終的なものであり、両当事者を拘束する」と規定しています。ほとんどの労働協約(CBA)も同様です。マグナカルタでは、このプロセスの改善がなされています。主な点は以下のとおりです。
- 船員が指名した医師の診断結果が会社指定医の診断と矛盾する場合、船員は受け取ってから30日以内にDMWに書面で要請を提出し、第三者医師に付託する必要があります。
- 第三者医師は、保健省(DOH)が認定した船員傷病に関する医療専門家のプールから、使用者と船員が共同で選任します。第三者医師は、障害等級の決定について適切な訓練を受けている必要があります。
- 第三者医師の評価および船員の医師の評価は、POEA SECまたは該当する場合はCBAに規定されている障害等級表を厳守する必要があります。
- DMWとDOHは、認定された第三者医師のプールにおける選定、訓練、維持およびレビューを含む、法第57条の実施のための共同ガイドラインを策定します。(DMWとDOHが共同でガイドラインを発行し、DOHが認定した専門家のプールが作成される予定ですが、現在作業中で、これらが完了するまで法第57条の規定は発効せず、船員と使用者はこれらに依拠することはできません)
- 障害等級、就労可否、または船員の病気や怪我の問題が発生した場合、紛争解決、仲裁提起、または訴訟提起の前に、第三者医師への照会が必須となります。
- 障害等級の相違の問題のみが第三者医師の評価の対象となり、職務上外の判断は依然として会社指定医(CDP)によって決定されます。
マグナカルタにおいても、従来の規則の下での当事者間の意見の相違、すなわち、それが必須なのかどうか、パラメータは何なのか、いつ開始すべきなのか、誰が第三者医師になれるのか、といった点についてすでに明らかにされていますが、IRRの明確かつ明示的な記述により、プロセスはより迅速に対応できるようになり、虚偽の請求を阻止するための効果的なツールになると期待されています。
2. 裁定額の執行(法第59条)
従来の法律および規則では、国家労使関係委員会(NLRC:National Labor Relations Commission)または国家調停仲裁委員会(NCMB:National Conciliation and Mediation Board)の任意仲裁人の判断または決定が確定すると、使用者の控訴裁判所への控訴または再審理の申立てが救済として認められているにもかかわらず、これを使用者に対して執行することができます。これら既存の労働法および裁判所規則規定は、マグナカルタの下での新しい制度により修正されたとみなされます。
マグナカルタは、船員からの回収、Ambulance Chaser(船員に仲裁・訴訟を促す悪徳弁護士)の訴追に関する船主の懸念にも対処しています。現状では、仲裁判断に基づき船主が船員に支払うと、控訴裁判所または最高裁判所が仲裁判断を破棄または変更した場合でも、それを回収することが、ほぼできません。新しい制度により、船員と使用者の双方の権利がより保護されることになります。
仲裁判断の執行に関する注目すべき特徴は以下のとおりです。
- 仲裁での金銭的裁定のうち、ある種のものは、直ちには執行できなくなります。
直ちに執行可能(上訴中でも) 直ちに執行できない 給与または賃金(Any salary or wage) 法的に支払うべきであると裁定されたもののうち、係争中の金額(下記b.参照) 法定の金銭的福祉給付(Any statutory monetary and welfare benefits) 損害賠償(精神的損害賠償、懲罰的損害賠償、名目的損害賠償、弁護士費用その他同種のものを含む) 争いのない金額(使用者が船員に法的に支払うべきであると認めた金額) - 法的に支払うべきであると裁定されたもののうち、係争中の金額についての例
例;使用者は、会社指定医師の評価に基づき、船員に6等級の後遺障害に対して25,000米ドルを支払う意思があります。NLRCまたは任意仲裁人は、船員に60,000米ドルの後遺障害手当金を裁定しました。使用者が上級裁判所で異議を唱える場合、船員は、争いのない金額である25,000米ドルのみを直ちに執行することができます。 - 直ちに執行可能ではない金銭的裁定の執行令状は、これらの金額の全額返還を担保するのに十分な保証を差し入れ、船員が上訴審または司法審査の最終的な解決まで維持する場合にのみ発行されます。
- 控訴裁判所または最高裁判所が船員に有利な判決を下した場合、使用者は、船員が負担した保証のための費用を直ちに支払います。しかし船員に不利な判決の場合、支払いを受ける権利はありません。
- 労働雇用省(DOLE)、NLRC、NCMBは、DMWの海事産業三者協議会(MITC)と協議して、金銭的裁定を認める決定の公正、迅速、公平かつ正当な処理と執行を確保するために必要な規則と手続きを公布します。
- 法第57条に基づく障害等級の最終的な決定を得るための費用および保証料の支払いに関し、船員に全額または一部の財政的支援を提供するためAgarang Kalinga at Saklolo Para sa mga OFW na Nangangailangan(AKSYON基金)が設立されます。
法律の施行前になされた申立てに関しては、提出日に有効な法律、規則および規制に準拠します(IRRのRule XXIIのSection 1)。したがって、2024年10月12日より前になされた申立てから生じた係属中の事件においては、従来の法律や規則が適用となり、NLRCおよび任意仲裁人の決定が最終的なものとみなされ、執行力を持つことになります。
上記で説明した2つの重要な点により、フィリピンにおける船員クレームの処理の改善に向けた新たな期待が持たれます。マグナカルタの影響につきましては、Del Rosario and Del Rosario Law Officesが提供する以下のQ&Aもご参照ください。
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