【コラム】混乱の舵取り:ペルシャ湾における傭船契約上の諸問題
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2026年2月28日、米国およびイスラエルがイランに対して大規模な空爆を実施しました。これに対しイランは、サウジアラビア、カタール、バーレーン、UAE、クウェートを含むペルシャ湾周辺諸国への大規模なミサイルおよびドローン攻撃で即座に報復しました。
当初の攻撃目標は海事関連ではありませんでしたが、その後の紛争はペルシャ湾内および周辺の海運に広範な混乱を引き起こしており、傭船契約(Charterparty)に基づく船主(Owners)および傭船者(Charterers)の権利義務について重要な問題を提起しています。特に懸念されるのは、ペルシャ湾に出入りする船舶が必ず通過しなければならないホルムズ海峡の一部閉鎖です。
3月1日付で英国の保険市場は、以下の海域に関する「戦争リスク保険の解約通知(Notice of Cancellation of War Risks)」を発行しました。
- イランおよびイラン領海(沿岸から12海里までの海域)
- ペルシャ湾(アラビア湾)およびオマーン湾を含む近接海域
この決定は、当該海域における船舶運航のリスクが非常に高いことを示しています。本稿では、こうしたリスクの高まりが定期傭船契約および航海傭船契約上の法的地位にどのような影響を与えているかを考察します。
定期傭船契約:安全港の保証
定期傭船契約における法的地位において特に重要なのは、「安全港(Safe Port)」に関する法理です。多くの定期傭船契約書では、傭船者が安全な港のみを指定する明示的な義務が規定されています。そのような明示的な文言がない場合でも、特定の状況下ではその義務が黙示的に認められることがあります。
この条項の効果として、もし傭船者が「非安全港」を指定した場合、船主はその指示に従うことを拒否し、代替の指示を求める権利を有します。拒否を受け入れず代替の指示を出さないことは契約の根本的な違反(Repudiatory Breach)を構成する可能性があり、そのような場合、船主には契約を解除し損害賠償を請求する権利が生じます。
港への航行指示が出された後にその港が非安全港となった場合、定期傭船者は指示を修正する必要があり、その間、傭船料(Hire)は発生し続けます。
港が安全か否かを判断する際に適用される古典的な基準は、英国法の判例 The Eastern City [1958] で以下のように定立されています。
「関連する期間において、特定の船舶が、異常な事象がない限り、適切な操船技術とシーマンシップによって回避できない危険にさらされることなく、その港に到達し、利用し、かつ離脱できるのでなければ、その港は安全とはいえない。」
また、英国法の判例 Brostrom v Dreyfus [1932] によれば、港が安全か否かの基準は、「当該時点における積荷を積んだ特定の船舶」の特性を考慮して適用されます。
これは現在の状況において特に重要です。なぜなら、イランが特定の国に関連する船舶に対してのみホルムズ海峡の通航を許可するという兆候を見せているからです。そのため、将来的にはペルシャ湾内の港が、ある船舶にとっては「安全港」であるが、他の船舶にとっては「非安全港」であるとみなされる可能性があります。
ペルシャ湾の状況における現実的な適用としては、船舶が湾外にいる場合、湾内の港は「非安全港」とみなされる可能性が高いです。なぜなら、そこへ到達するには多くの船舶が攻撃を受けているホルムズ海峡を通過する必要があるからです。同様に、湾内にいる船舶にとって、湾外の港は非安全港とみなされる可能性があります。
[日本法注釈] 「安全港」に関して、日本法における法的地位は、上述の英国法のそれとほぼ同様です。
現地の状況は刻一刻と変化しており、したがって、各港の安全性は、現地の具体的な事実と寄港する船舶へのリスクレベルを考慮して、個別に評価する必要があります。
CONWARTIME条項
定期傭船契約には、船舶が航行する海域で戦争や敵対行為が発生した場合の当事者の権利義務を定めた「戦争リスク条項(War Risks Clauses)」が含まれることがよくあります。これらは安全港条項と併せて解釈され、これにより当事者に追加の権利義務が発生します。
最も一般的なものの一つは、BIMCOが作成したCONWARTIME条項(最新版はCONWARTIME 2025)です。これに基づけば、船長が合理的な判断において、船舶、貨物、乗組員、またはそのほかの乗船者が戦争リスクにさらされる「可能性がある(may be)」と判断した場合、当該海域の通航を拒否することができます。
この条項における「戦争リスク」は、船長および/または船主の合理的な判断において、船舶等に危険を及ぼす可能性があるものと定義されています。これには、現実の戦争、戦争の脅威、あるいは報告された戦争や戦争行為が含まれます。
ここ数週間のペルシャ湾における攻撃の量と深刻さ、および前述の解約通知を考慮すると、CONWARTIME条項が契約に組み込まれている場合、船主がホルムズ海峡の通過を拒否する権利を有する可能性は非常に高いといえます。船舶がすでにペルシャ湾内にあり、湾内の港への指示を受けている場合、CONWARTIME条項に定められた戦争リスクがあるか否かは、個別の事案ごとに判断する必要があります。CONWARTIME条項の各バージョンの文言は似ていますが、注意深く精査する必要があります。
[日本法注釈] CONWARTIME条項について、日本法における法的地位は、上記の英国法のそれとほぼ同様です。
航海傭船契約:VOYWAR条項
航海傭船契約における法的義務は、定期傭船契約のそれとは異なった影響を受けます。通常、航海傭船契約にも戦争リスクの文言が含まれており、最も一般的なのはBIMCOが作成した一連の条項です。VOYWAR 2025は、BIMCOによる最新の航海傭船用戦争リスク条項ですが、VOYWAR 2013も広く使用されています。VOYWAR 2013の基準はCONWARTIMEと似ており、船舶、貨物、乗組員等が戦争リスクに「さらされる可能性がある」場合、船長は通航や寄港を拒否する権利を有します。
船主側には(代替ルートを取る場合)、代替ルートを採る旨を通知する義務がありますが、傭船者の同意は必要ありません。特定の状況下では、船主に契約解除権が与えられます。また、この条項は代替ルートを採用した場合の金銭的影響についても明示的に規定しており、増加する航行距離が一定の基準を超えた場合には、運賃のプロラタ(比例配分)による上乗せが規定されています。
ただし、VOYWAR 2013には、「傭船契約の締結時にその状況が存在していた場合」に船主や船長が権利を行使できるという文言は含まれていません。条項を発動するには、契約日以降にリスクのレベルや性質が「無視できないほどに増大(material increase)」している必要があります。
CONWARTIME条項の場合と同様、現在のペルシャ湾におけるリスクレベルは、船主が条項の規定に基づいて湾内の港への寄港を回避できる可能性が高いといえる程度のものといえます。
[日本法注釈] VOYWAR条項について、日本法における法的地位は、上記の英国法のそれとほぼ同様です。
不可抗力条項(Force Majeure)と事情変更/履行不能の法理(Frustration)
現在の紛争における当事者の義務と責任を判断する際、「不可抗力(Force Majeure)条項」と「事情変更/履行不能(Frustration)の法理」の両方が関連する可能性があります。「不可抗力条項は傭船契約に当然に黙示的に含まれている」というのはよくある誤解です。英国法においてこの用語には法的定義がなく、契約に黙示的に組み込まれることはありません。とはいえ、定期・航海どちらの傭船契約にも不可抗力条項が置かれていることは多々あります。
[日本法注釈] 日本法における法的地位は英国法とは異なります。関連する契約書に不可抗力への言及がなくても、日本民法に基づいて不可抗力に依拠できる権利があります。しかし、日本法を準拠法とする契約でも、民法では不可抗力が明確に定義されていないため、適用範囲を明確にするために不可抗力に関する条項を含めるのが一般的であり、有用です。
不可抗力条項が個別のケースにおいて機能するか否かを確認するには、契約書、特に不可抗力条項の文言自体を注意深く精査する必要があります。
一般的な不可抗力条項の多くには、条項を発動させる事象のリストが含まれています。通常、その一つとして「戦争または戦争に類似する事象」の発生が挙げられています。
ペルシャ湾での積み込みや荷揚げを伴う多くの契約において、当事者は不可抗力条項の文言に依拠できる可能性があり、それによって契約上の義務や責任が変更されることになります。具体的にどのように変更されるかは条項の文言次第です。
不可抗力条項には、それを利用しようとする当事者に対して非常に厳格な通知要件が課されていることが多いため、これらの規定を適切に遵守できるよう、早い段階でFD&D保険の下、P&Iクラブのアドバイスを求めることをお勧めします。
契約に該当する不可抗力条項がなく、戦争の勃発によって契約の履行が深刻な影響を受けた場合、当事者は契約を終了させるために「Frustration(事情変更/履行不能)」の法理に依拠できる場合があります。Frustrationは契約条件とは独立して機能し、不可抗力とは異なり、適用に特別な文言は必要ありません。
Frustrationは、いずれの当事者の過失でもない事象によって、契約の履行が不可能になったか、あるいは合意されたものとは「根本的に異なる(radically different)」ものになった場合に適用されます。英国裁判所は、新たな状況を当事者が想定していた状況と比較し、その差がどれほど大きいかを評価します。
単に「一方の当事者にとって当初の想定より負担が重くなった、あるいは費用がかさむようになった」という事実だけでは、Frustrationを成立させるには不十分です。当事者を契約に拘束し続けることが「明白に不当(positively unjust)」である必要があります。
ペルシャ湾で発生している事象により、契約の履行が不可能、あるいは根本的に異なるものとなっているケースは多く、当事者はFrustrationに依拠できる可能性があります。これは、地域外の港と取引する選択肢がある長期の定期傭船契約よりも、短期の定期傭船契約や航海傭船契約において認められる可能性が高いでしょう。
もし契約がFrustration(事情変更/履行不能)と判断された場合、両当事者はその義務から解放されます。Frustrationによる契約終了時に当該契約の下で各当事者に発生する損害の程度に差があることもあるので、結果として不公平な結論を招いてしまうこともあります。したがって、多くの場合、Frustrationに依拠するよりも、当事者間でより公平で予測可能な解決策を交渉することが望まれます。
[日本法注釈] Frustrationについて、日本法における法的地位は、(1)英国法の方が日本法よりもFrustrationの適用範囲が厳格であること(狭いこと)、(2)英国法では契約が当然に終了するのに対して、日本法では当事者の一方が契約を解除してはじめて契約が終了すること以外は、上記の英国法のそれとほぼ同様です。
地域の情勢は刻一刻と変化しており、本稿の内容は敵対行為の勃発に伴い発生し得る主要な契約上の問題に関する一般的な指針です。個々のケースはそれぞれに異なり、関与する金額も多額になることが多いため、法的地位に不確実性がある場合は、(弁護士チームを擁する)FD&D保険チームのアドバイスを得ることが極めて重要です。