【コラム】「電子B/L法制の検討状況」―中間試案を踏まえて―
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弁護士法人東町法律事務所
パートナー 弁護士(日本国・英国)
山下 和哉
近時、貿易実務においては、関係者間でサービス・プロバイダーの規約に同意した上で、電子化された船荷証券(Bill of Lading、B/L)を利用する例が増えてきています。しかし、このような規約型の電子B/Lは、法的な裏付けが十分でないこと、規約に同意していない第三者との関係での法的効力の不明確さ等を理由に、紙のB/Lに比べると、まだ貿易実務で主要なシェアを占めるまでには至っていないと思います。このような背景のもと、日本国外では、電子B/Lを国内法制化する動きが活発化してきており、日本でも、電子B/Lの法制化を実現するために、現在、(私も関係官として参加しています)法制審議会でその検討が行われています。本稿では、法制審議会が3月に決定した電子B/L法制に関する中間試案(以下「中間試案」といいます。)を踏まえ、このような電子B/L法制の国内外の状況について、ご紹介します。
- 電子B/Lの概要
- 電子B/Lとは
電子B/L(e-B/L)とは、一般的には、従来の紙のB/Lの内容をデジタル情報化し、B/Lに関する発行・移転・回収等を電子上で行うことができるものといわれています。すなわち、電子B/Lは、紙のB/Lで行われている現在の実務と全く違うものを新たに創造しようとするものではなく、紙のB/Lで行われている現在の実務を可能な限り忠実に電子上に置き換えようとするものであるということができます。 - 電子B/Lのメリット
電子B/Lを用いるメリットとしては、
- スピードアップ&管理コスト削減
- 偽造・改ざんリスクの減少
- 全通回収の容易さ(これにより、B/Lのcombine、split、予定された揚地以外での引渡し等の手続を簡略化します。)等が挙げられます。
- スピードアップ&管理コスト削減については、電子B/L上の運送品についての権限の管理・移転は、プラットフォーム上で完結し、従来の紙のやり取りが不要となることから、権限の移転のスピードが格段に上がり、また、煩雑な紙の管理が不要となって管理コストも削減できるというメリットがあります。
- 偽造リスクの減少については、現在用いられている電子B/Lにおいては、ブロックチェーン技術等の偽造・改ざんが難しいとされる技術が用いられていることから、紙に比べると、偽造・改ざん等のリスクが減少するといわれています。
- 全通回収の容易さについては、通常、紙のB/Lのcombine、split等により記載事項を変更する場合や予定された揚地以外で運送品の引渡しをする場合には、一旦発行した紙のB/L原本(実務上、3通発行の例も多く見受けられます。)を全て回収する必要があるとされています。電子B/Lであれば、このような全通回収もプラットフォーム上の操作で完結するので、B/Lの全通回収が容易に完了します。
- 電子B/Lとは
- P&I保険によるてん補
B/Lを用いる実務において検討が不可欠なものとして、運送品の滅失・損傷等が発生した場合の運送人の賠償責任についてのP&I保険によるてん補の可否が挙げられます。電子B/Lが用いられた場合のP&I保険によるてん補の可否については、国際P&Iグループ(International Group of P&I Clubs、IG)が承認したシステムであれば、運送人の責任は、紙のB/Lと同じ範囲でてん補対象となるとされています。ただし、電子データの守秘義務違反、コンピューターリンク維持義務違反等の電子固有のリスクは、てん補対象から除外されています。
2023年3月時点では、IGは、①EssDOCS、②Bolero International Ltd.、③E-Title、④edoxOnline、⑤Cargo X、⑥WAVE、⑦TradeLends、⑧IQAX、⑨Secro及び⑩TradeGoを承認しています。
なお、IGによる電子B/Lシステムの承認要件は、次のとおりとされています(この点の詳細については、2022年1月発行「ジャパンP&Iニューズレター 第55号」も併せてご参照ください。)。
- システムにより、運送品の所有権、請求権と責任の移転を完結可。
- 利用者が電子署名を有効であると合意する内容の署名条項を規定していること。
- 関係者が電子B/Lは船荷証券であることに異義を提起しないことに合意する仕組みを持っていること。
- 利用者同士が訴訟を提起し又は提起される仕組みを持っていること。
- 紙のB/Lであれば適用される条約や国内法は、電子B/Lにも適用されることがシステム上確保されていること。
- システムの運用者や提供者は、システム障害による場合の責任を負うこと。
- システムは、利用者が電子B/Lの条項の規定、執行、拒否を行うことを容認すること。
- 物品運送契約の契約条件として十分な証拠であること。
- システムが明示的に英国1999年契約(第三者の権利)法の適用を排除すること。[1]
- システムの運用者や提供者は、あらゆる要因のシステム障害から生じる責任に対する責任制限額までをてん補するための十分な金額の保険を保持しておくこと。
- 日本法の改正に向けた検討経過
電子B/Lについての日本法の改正に向けた検討経過は、次のとおりです。
- 2018年 商法等の改正
2018年5月に成立し、2019年4月から施行された「商法及び国際海上物品運送法の一部を改正する法律」では、紙のB/Lや紙又は電子の海上運送状(Sea Waybill)の規定が改正・新設されましたが、電子B/Lについての規定は盛り込まれませんでした。
- 2021年~2022年 研究会
2021年6月に閣議決定された「規制改革実施計画」や「デジタル社会の実現に向けた重点計画」等を踏まえ、同年4月から2022年3月までの間、「商事法の電子化に関する研究会」(座長:藤田友敬東京大学大学院法学政治学研究科教授)で、電子B/L法制についての論点整理や諸外国の法制の調査等が行われました。 - 2022年~2023年 法制審議会
法務大臣は、2022年2月、法制審議会に対して、「商取引において電子的な手段の利用が拡大するなどの社会経済情勢の変化への対応等の観点から、商法の船荷証券に関する規定等の見直しを行う必要があると思われるので、その要綱を示されたい。」という内容の諮問をしました(諮問第121号)。これを受け、法制審議会商法(船荷証券等関係)部会(部会長:上記藤田友敬教授。以下「部会」といいます。)が新たに設置され、2022年4月から現在においてもなお、電子B/L法制の具体的な内容等について審議が継続されています。部会では、2023年3月、中間試案が決定されました。中間試案は、その後、パブリック・コメントの手続に付され、広く意見が募集されています(詳しくは法務省のウェブサイトをご覧ください。)。 - 2023年4月~ 今後の手続
今後も、引き続き、同部会での審議が継続し、2023年末頃から来年にかけて、法務大臣に対する要綱の答申を経たうえで、電子B/L法制についての法案が国会に提出されることが予想されます。
- 2018年 商法等の改正
- 諸外国の法制
特に電子B/Lのような国際的調和が必要な事項に関する日本法の改正に際しては、諸外国の法制が大いに参考にされます。そこで、重要な諸外国の法制化の例として、シンガポールと英国について、簡単にご紹介します。
- シンガポール
シンガポールでは、電子B/Lを含む電子的移転可能記録に関する法律として、Electronic Transactions ActのPart 2A ” ELECTRONIC TRANSFERABLE RECORDS”が新設され、2021年3月に施行されました。その主な内容は、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)で採択された電子的移転可能記録モデル法(Model Law on Electronic Transferable Records; MLETR)をシンガポールの国内法化するものです 。[2]
ここで、MLETRの中でも特に重要と考えられる2つのポイントをご説明します。
- 紙の証券との機能的同等性
MLETRでは、電子B/Lは、紙のB/Lと機能的に同等であることが求められています。具体的には、電子B/Lが、“singularity” (B/L上の権利は複製されず、識別された一つのみであること)、“control”(排他的に支配できること)、“integrity”(改ざんされず、変更記録が残ること)という要件を満たしていることが求められています。 - 技術的中立性
MLETRでは、電子B/Lに関して、特定の技術やモデルを用いることを求めているわけではなく、電子B/Lの機能を果たすための「信頼できる手法」(reliability)であればよい、とされています。
日本法の改正検討においても、シンガポールと同様、MLETRに親和的な内容とする方向で検討がされています。
- 紙の証券との機能的同等性
- 英国
英国では、電子B/Lの法制化に向けたLaw Commissionでの調査・検討を経て、2022年10月にその改正法案(Electronic Trade Documents Bill)が国会に提出されました。同改正法案はシンプルな内容であり、その主眼は、コモンロー上は認められていなかった、電子的形態の取引文書(電子B/L等)の「占有」(possession)を制定法上可能とすることにあると考えられます。また、国際的な互換性の確保という観点から、MLETRと調和させることも目指しているようです 。[3]他方で、日本では、民法及び商法等における既存の占有概念や有価証券法制を変更せずに、これらに電子B/L法制をうまく馴染ませる方向での改正が検討されているといえます。
- シンガポール
- 中間試案の概要
2023年3月に部会で決定された中間試案は、非常に詳細に改正の試案を示すとともに、その補足説明において、提案理由、MLETRや英国法との比較、現行法の整理等を解説しています。本稿では、そのうち特に重要と思われるものをピックアップして、次のとおり、簡単にご紹介いたします。
- 電子B/Lの名称(中間試案第1部・第1)
中間試案では、電子B/Lの法律上の名称を「電子船荷証券記録」とすることとされています。 - 電子B/Lを発行する場面の規律(中間試案第1部・第2・1項)
運送人は、荷送人の請求に応じて紙の船荷証券の交付義務を負うものとされています(商法第757条第1項及び第2項)が、中間試案では、電子B/Lについては、運送人に発行義務までは認めずに、運送人が荷送人の承諾を得て、つまり、発行者である運送人と荷送人の合意があった場合に限って、電子B/Lの発行を認めることとされています。これは、電子B/Lの発行については、運送人側で、そのシステム導入等の負担や技術的な難しさが発生することが予想されること等を考慮したことによるものです。 - 電子B/Lの法定記録事項に関する規律(中間試案第1部・第2 ・2項)
紙の船荷証券においては、比較的ゆるやかな要式証券性が認められ、商法第758条第1項各号に掲げる法定記載事項(運送品の種類、運送品の容積若しくは重量又は包若しくは個品の数及び運送品の記号、外部から認められる運送品の状態、荷送人又は傭船者の氏名又は名称、荷受人の氏名又は名称、運送人の氏名又は名称、船舶の名称、船積港及び船積みの年月日、陸揚港、運送賃、数通の船荷証券を作成したときはその数、作成地及び作成の年月日)の一部を欠いても有効である場合があると考えられており(大判昭和7年5月13日大民集11巻943頁等)、中間試案では、電子B/Lにおいても、同様の解釈を前提に、原則として、紙のB/Lと同様の法定記録事項を規定することとされています。ただし、電子的な発行という性質を踏まえ、紙のB/Lの場合に規定されている複数通発行に関する事項は、電子B/Lの法定記録事項からは除外されることとされました。 - 「支配」概念の創設(中間試案第1部・第2・3項)
電子B/Lそのものに対する物理的な「占有」を観念することはできないことを前提に、MLETRにおける“control”という概念を参考にして、中間試案では、電子B/Lの「支配」という概念を新たに創設することとされています。そして、中間試案では、この「支配」概念について、電子B/Lを「〔排他的に〕利用することができる状態」と定義する甲案と、特段の定義を設けずに、解釈に委ねるとする乙案の両案が併記されています。 - 電子B/Lの技術的要件(中間試案第1部・第3・1項)
- MLETRが求める、電子B/Lのsingularity、control、transferable、integrityという技術的要件を踏まえ、中間試案では、電子B/Lの基本的な性質として、(i)電子B/L上の権利を有することを証する唯一の記録として特定されたもの、(ii) 電子B/Lの支配をすることができるものであって、その支配をする者を特定することができるもの、(iii) 電子B/Lの支配の移転をすることができるもの、及び(iv)電子B/Lに記録された情報を保存することができるもの、という各要件を満たす必要があることとされています。
- MLETRが求める信頼性要件については、中間試案では、他の技術的要件が満たされている限りは、通常は、一般的な信頼性の要件も満たしている蓋然性が高いとも考えられること等を理由に、信頼性の要件を明示的に定めることはしないとする甲案、信頼性の要件をその有効要件として明示的に定める乙案、及び信頼性を電子B/Lの有効要件とはせずに、電子B/Lの利用者に対して信頼性のある手法を用いることを要求する丙案の三案が併記されています。
- また、中間試案では、電子B/Lが日本国内に限らず広く国際的に利用されるものであることから、国の認証を受けた機関による関与を規律しないこととされています。
- 電子B/Lと紙のB/Lの転換(中間試案第1部・第4・1項及び2項)
- MLETR及び英国の改正法案においても、実務における必要性を踏まえ、紙のB/Lと電子B/Lの間の転換に関する規定が設けられており、中間試案でも同様にそのような規定を設けることとされています。
- 紙から電子への転換
中間試案では、紙から電子への転換の場面については、電子B/Lの発行時と同様に、運送人が電子B/Lへの転換に応じる義務までは認めないこととされています。 - 電子から紙への転換
中間試案では、電子から紙への転換の場面については、電子B/Lを支配する者に対して、運送人に対する転換請求権を認めず、運送人との間で合意できた場合に紙のB/Lへの転換を行うことができるとする甲案と、電子B/Lを支配する者に対して、運送人に対する転換請求権を認める乙案の両案が併記されています。
- 電子B/Lの類型及び譲渡の方式(中間試案第1部・第5)
- 電子B/Lの類型
民法上の紙の有価証券の類型として、①指図証券(証券上指名された者又はその者が証券上の記載によって指名した者を権利者とする有価証券)、②記名式所持人払証券(権利者を指名する記載がされている証券であって、その所持人に弁済をすべき旨が付記されているもの)、③その他の(裏書禁止型)記名証券、④無記名証券(証券上に特定の権利者を指名する記載がされておらず、その所持人が権利者としての資格を持つ有価証券)という4分類がされていることから、中間試案では、電子B/Lについても、この4類型をできる限りそのまま維持する形で規律を設けることとされています。 - 電子B/Lの譲渡の方式
中間試案では、①指図証券型の電子B/Lについては、指図証券における「交付」に相当する「支配の移転」に加えて、「裏書」に相当する「電子裏書」をその権利の譲渡等に係る効力発生要件として規律することとされています。また、原則的な記名式の電子裏書のみならず、白地式(被裏書人の氏名を示さず、単に裏書人の署名のみを行う方式)の電子裏書についても認められています。なお、電子裏書には、電子B/L発行時と同様、電子署名が求められることとされています。他方、②記名式所持人払証券型及び④無記名証券型の電子B/Lについては、証券の「交付」に相当する「支配の移転」のみをその権利の譲渡等に係る効力発生要件として規律することとされています。
- 電子B/Lの類型
- 電子複合運送証券(中間試案第2部・第2)
中間試案では、電子B/Lの法制化を行う場合には、複合運送証券についても同様に電子化を認めることが相当であるとされています。 - 電子倉荷証券(中間試案第2部・第3)
中間試案では、先物取引の決済場面等に利用されている倉荷証券(倉庫証券)についても、電子化のニーズ等も調査しながら、電子B/Lと同様の内容でその電子化を検討することとされています。
- 電子B/Lの名称(中間試案第1部・第1)
- 定期傭船契約上の規定例
中間試案からは離れますが、関連する内容として、電子B/Lと定期傭船契約との関係について少し触れると、現在、BIMCOが船主・傭船者間の権利義務等を規定するために、定期傭船契約に次のような規定を追加することを提案しています。
・BIMCO Electronic Bills of Lading Clause(試訳)
- 傭船者の選択により、船主発行のB/L等が電子式(紙と同様の機能を有するもの)により発行される。
- 船主は、傭船者の指示で、IGにより承認されたシステムに加入し、そのシステムを利用する。そのシステムヘの加入と利用において生ずる費用は、傭船者が支払う。
- 傭船者は、②のシステムの利用から生じる追加的な責任に関して、その責任が船主の過失によって生じたものでない限り、船主に損害を与えないようにすることに同意する。
定期傭船契約を締結する際には、このような規定を設けることで、電子B/Lも利用可としたい傭船者と電子B/L利用による不利益を回避したい船主との法律関係を整理することができるものと考えます。
- 最後に
以上が電子B/L法制の国内外の状況のご紹介です。改正法の成立までしばらく時間がかかると思われますが、近い将来、日本の電子B/L法制が、国際的に調和のとれたものになるとともに、電子B/Lがより幅広く実務で利用されることの後押しとなることを願いながら、私もその末席に名を連ねる者として、尽力したいと思います。
[1]この要件は、当該契約における権利義務は契約当事者のみが取得/負担し,契約外の第三者は影響を受けないという原則を確認したものです。
[2]シンガポール法の詳しい内容は、商事法の電子化に関する研究会報告書の別添7に記載されています。
[3]英国法の改正法案に関する解説は、法制審議会商法(船荷証券等関係)部会の参考資料2-2 イギリス法における電子船荷証券に係る論点とLaw Commissionの立場に記載されています。
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