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IMO Polar Code(極海コード)について

2015/04/15 第15-001号
  • 外航

本特別回報は北極及び南極海域における船舶運航に関する規制についてご案内するものです。


2014年11月に「極海域における船舶運航のための国際基準(Polar Code)」が国際海事機関(IMO)にて採択されました。但し、Polar CodeはIMO海上安全委員会(Maritime Safety Committee, MSC)によって採択されましたが、IMO海洋環境保護委員会(Marine Environment Protection Committee, MEPC)による最終採択は2015年5月になる見込みです。従いまして、Polar Codeは現在草案段階であり、未だ正式に発行されてはおりません。しかしながら、基本的な条文は既に公表されており、本回報ではPolar Codeの概要とともにPolar Codeによる用船並びに船舶運航への影響についてご案内します。



1.極海域における船舶運航のための国際基準(Polar Code)の構造


1.1Polar Code自体は新しい条約ではありません。Polar Codeは、既存の条約である「1974年の海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS条約)」及び「船舶による汚染の防止のための国際条約(MARPOL条約)」の改定を通じて実施されます。

1.2.Polar Codeは、(a)義務要件と(b)北極及び南極海域航行の際に従うべきであるものの義務ではないガイドラインで構成されています。ガイドラインは既に発行されていて入手可能[1]ですが、SOLAS条約及びMARPOL条約の改定はPolar Code自体に含まれており、そのため2015年5月のMEPCによる最終採択までは全てを入手することはできません。

1.3.Polar Codeは極海域航行の際のリスク増大に対応すべく作成されました。例えば、厳しい気象条件、一部エリアの海図の未整備、信用できない航路標識、救助/油濁対応/捜索/補油のための設備が付近にないこと、船骸撤去の困難さ、といった要素によりリスクが非常に高まります。


2.極海域航行船舶のためのガイドラインによる影響

2.1ガイドライン及びPolar Codeが適用される地理的エリアは、北極及び南極海域(極海域)のみです。

2.1.1.   北極海域はガイドラインのG-3.3に定義されており、以下の図に示された線の内側のエリアになります。

   

   出典:IMO

 

      ヨーロッパとアジアのショートカットルート(北極海航路もしくは北東航路と呼ばれ、近年注目が集まっています)は上記エリアに該当します。



2.1.2.  南極海域はガイドラインのG-3.4に定義されており、以下の図に示された線の内側のエリアになります。

           

            出典:IMO


2.2.ガイドラインは極海域を航行する際に従うことを勧める15種類の安全措置を規定しています。安全措置は、(i)船舶の構造(Part A)、(ii)設備(Part B)、(iii)運航及び船員要件(Part C)、(iv)損害防止(Part D)、に分かれています。

以下のイラストは極海域を航行する際に検討すべき様々な安全措置の概要を表したものです。
出典:IMO

2.3.ガイドラインのPart Aは船舶の構造に関するものです。Chapter2では船体を強化し、航行エリアに適用されるIACS(International Association of Classification Societies) Polar Classの要求を遵守すべきとしています。Polar Classには以下の7階級が存在します[2]

Polar Class

航行可能な氷況及び時期

PC 1

すべての極海域の年間通じた航行

PC 2

中程度の厳しさの多年氷がある海域の年間通じた航行

PC 3

多年氷が一部混在した二年氷がある海域の年間通じた航行

PC 4

多年氷が一部混在した厚い一年氷がある海域の年間通じた航行

PC 5

多年氷が一部混在する中程度の厚さの一年氷がある海域での年間通じた航行

PC 6

多年氷が一部混在する中程度の厚さの一年氷がある海域の夏秋の航行

PC 7

多年氷が一部混在する薄い一年氷がある海域の夏秋の航行


組合員の中には結氷するエリアを航行した経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、極海域の氷はそれ以外のエリアとは全く異なります。極海域の海水密度は真水とほぼ同じで、そのためかなり強固な氷になります。従いまして、上記のIACS Polar Ice Classを遵守すべきであり、通常用いられるフィンランド/スウェーデンIce Class[3]を用いるべきではありません。

2.4.さらに、Chapter3では船舶は適用されるIACS Polar Ice Class又はガイドラインにより定められた復元性パラメーター内で航行しなければならないと規定しています。規定された復元性パラメーター内にバランスが取れるよう事前注意を行っていたとしても、船体への着氷により復元性に大きな影響が生じる場合があり、綿密な航海計画と天候に応じた航路選択を行うべきです。

2.5.Chapter 4は船内居住スペース及び避難措置についてかなり詳細に規定しています。例えば、防護服や救命服を着用して避難できるように適切な避難経路の設置が推奨されています。

2.6.Chapter 5は極海域を航行するのに適当な操舵装置を備えることを規定しています。可能であれば海氷の航行を避けられるよう操縦性能が重要です。

2.7.遠隔地域において利用可能な救助設備が限られていることを念頭に、Chapter 6は利用可能な曳航及び救助設備の不足による影響を緩和するために特別な投錨及び曳航システムを備えることを規定しています。投錨システムは錨が収容場所からシフトするのを防止し、氷との接触により船体に損傷を与えるのを防止するものです。曳航システムには、(i)曳船と被曳船間の曳航設備の移動のためのライン発射装置、(ii)他船を曳航するためのクイックリリースシステム、(iii)曳航索の取り付け・取り外しのための設備、が含まれます。

2.8.Chapter 7及び8は、主機/推進システム/補機システムが氷中航行のために設計されたものであるべきことを規定しています。例えば、機器はプロペラ/船体/ラダーが氷と接触することによって生じる負荷や振動に耐えうるものである必要があります。また、Chapter 9は電波標識等の電気機器について予備の電源バッテリーを備えておくことを推奨しています。

2.9.Part Bは船舶の設備について規定しています。

2.10.Chapter 10は、消火システムが低温や積雪により作動しなくなることを防止するよう推奨しています。

2.11.Chapter 11は、救命具を極地の環境に耐えられるようにしておくこと及び救命ボートが極地の環境でも作動するようにしておくことを推奨しています。

2.12.Chapter 12は、必要とされる航行設備に関する強制規定を含むSOLAS条約Chapter Vに取って代わるものではありません。しかしながら、次のシステムについては予備のシステムを備えておくことが推奨されています:船速距離計、音響測深機、レーダー。さらに、極地地方の磁気変動により磁気コンパスにエラーが生じる可能性があることを船員は認識しておくべきとされています。

2.13.Part Cは船舶運航について規定しています。

2.14.Chapter 13は、極海航行のための運航及び訓練マニュアルを作成し、当該マニュアルで想定された状況以外において船舶を運航すべきではないとしています。訓練マニュアルは、氷/氷中の航海/氷塊中の航行といった極海域における船舶運航の特性について船員に備えさせるものである必要があります。

2.15.Chapter 14は、氷に覆われた海域での航行を熟知し、当該地域での操船、氷の予測、地理、砕氷作業の経験及び専門知識を有するアイスパイロットの起用を推奨しています。

2.16.Chapter 15は、船舶の航行が遠隔地域のため必要な医療救護が即座に手配できない可能性を考慮して医療用具を準備しておくことを推奨しています。また、厚い氷を航行することで燃料消費量が嵩むことを考慮して十分に安全を見込んだ航海計画を立てることが必要であるとしています。
2.17.Part Dは、船舶が極海域を航行中に損傷を被った場合の最悪ケースにおいてどのように損害をコントロールし環境を保護するかについて扱っています。

2.18.Chapter 16は、MARPOL条約で要求されている本船運航マニュアル中の油濁防止緊急措置手引書(SOPEP)を見直し、寒冷地域の航行に十分対応できるように必要に応じて改定することが推奨されています。例えば、小規模な油濁事故であれば船舶で清掃対応できるようにすべきとされています。また、ホース及びパイプも極海域の環境に耐えられるようにしておく必要があります。ホースだけでなくホースを連結するカップリングも低温に耐えられるような資材にする必要があります。


3.ガイドライン及び新Polar Code草案

3.1.ガイドラインは強制適用されませんが、ガイドラインの全体構造は氷中航海及び新Polar Codeに対するIMOのスタンスを示しています。

3.2.Polar Codeの発行は2015年5月(予定)であるため、現時点で組合員が遵守すべきPolar Codeの規定及びその分析をご案内することは出来ません。しかしながら、IMOの案内[4]によると、Polar Codeはガイドラインを摂取し、さらに安全と油濁防止に関する強制規定を設けたものになる模様です。

3.3.現時点で判明していることは、強制規定の遵守を証明するために証書保持が求められることです。先ず、極海域を航行する船舶はPolar Ship Certificateの取得が必要となり、同Certificateは航行できる氷の状況によって船舶を分類しています。以下のカテゴリーが検討されています。

カテゴリー

氷況

A

多年氷が一部混在する中程度の厚さの一年氷がある極海域の航行

B

多年氷が一部混在する少なくとも薄い一年氷がある極海域の航行向けにデザインされたカテゴリーAに含まれない船舶

C

カテゴリーA及びBよりも軽度の氷況又は解氷水域での航行向けにデザインされた船舶


3.4.旗国により発行されるPolar Ship Certificateの取得には、予定する航行エリアと当該航行のリスクを考慮したアセスメントが必要になるでしょう。

3.5.次に、Polar Water Operational Manualを船舶に備え置く必要があります。現時点では詳細は判明していませんが、Polar Water Operational Manualの作成にはリスクアセスメント及び船上での対応手続の検討が必要とされるものと予想されます。これは危険環境を航行する際に船長の判断材料の一つとなることを目的としています。

3.6.2010年3月22日から26日にかけて開催されたIMO海洋環境保護委員会の決定[5]により、MARPOL条約の一部が改定されることが現時点で判明しています。MARPOL条約附属書Iに新たにChapter 9が加えられ、新Regulation 43で以下のスペックに該当する燃料油及び原油を貨物として(船舶の燃料使用ではなく)ばら積みで運送することを禁止しています。

(a)15℃における密度が900kg/m3を超える原油
(b)原油以外の油であって15℃における密度が900kg/m3を超える又は50℃における動粘度が180mm2/sを超える油
(c)ビチューメン、タール、及びそれらの乳化物

上記規制は南極海域(本回報2.1.2をご参照)に適用されます。

4.組合員の運航におけるPolar Codeの影響

4.1.極海域の航行は、当該航行に対応した本船の運航対応が必要になることに加え、保険及び用船契約にも影響してきます。

4.2.P&Iカバーへの影響:当組合の現行の保険契約規定は地理的な航行制限を加えていませんが、船舶の地理的航行パターンは保険引き受けや保険料算定に関係してくる要素です[6]。そのため、当組合では極海域航行に固有のリスクに注目しています。

当組合保険契約規定第16条1項6号は、組合員に旗国の法令に基づき発行される証書の保持を義務付けており、Polar Codeが最終採択されればPolar Codeの下で要求される証書も保持しておくことが必要になります。組合員がPolar Codeの下で旗国により発行される証書を保持しなかった場合には、同条2項の規定に基づきてん補に支障が生じる可能性があります。

また、第17条は堪航性の確保を規定しています。組合員が意図的に必要な事前準備を行わずに極海域航行を行うことはないと思いますが、船舶の状態が堪航性を欠くと判断される場合には保険契約の解約もあり得ます。

4.3.船舶保険への影響:当組合保険契約規定(第1条7項)は組合員に船舶保険の付保を義務付けています。P&Iカバーとは異なり、船舶保険は地理的範囲に制限が設けられているのが通常です。例えば、ロンドン保険業者協会制定の期間建標準船舶保険約款(Institute Time Clauses – Hulls 1/10/83、当組合保険契約規定で定める最低基準)は32条で以下のイラストに示される航路定限を設けています。

出典:Marsh

従いまして、極海域への航行は保険者に通知して了承を得ないと船舶保険の約款違反になる可能性があります。Polar Codeの対象となるエリアへの航海を検討する場合には船舶保険者ともご相談下さい。

4.4.用船契約への影響:用船者は本船に対して本船使用指示を出す権利を有しますが、航海及び操船に関する事項は船長の専権事項とされています。実際、船長は権利だけではなく非安全な本船使用指示に対しては干渉する義務があります。従って、航海及び操船に関する事項に関わる場合には用船者による極海域への配船指示を合法的に拒否できる可能性があります。また、本船使用指示に関する用船者の権利は航路定限により制限されているのが通常であり(NYPE 46フォーム13行目から15行目)、一般的に当該航路定限はInstitute Warranty Limitsに合わせて改定されます。

4.5.用船契約交渉中に用船者が極海域を航行する権利を求めた場合、アイスパイロットや砕氷船の費用、北極海航路使用料金、保険料増額分、をどう分担するか検討する必要があるでしょう。

4.6.船荷証券への影響:北極海航路及びPolar Codeの対象となるエリアを航行する場合、同航路について予め関係者の了解を取得し、用船契約書並びに船荷証券に明記しておくべきです。契約上もしくは慣習上の航路から離路すると、契約の根本的違反として免責や責任制限ができなくなる深刻な結果を招く恐れがあります。そのような措置を取らずに免責や責任制限ができなくなった場合には、当組合のてん補に支障が生じる可能性がありますのでご注意下さい。また、Polar Codeは全てが強制適用されるわけではありませんが、Polar Codeの遵守は組合員が船舶の堪航性維持のための相当な注意を尽くす義務を果たしたかどうかを判断する材料となるでしょう。従いまして、極海域を航行する場合にはPolar Codeの遵守にご注意下さい。極海域航行の際には当組合にご相談下さい。


5.北極海航路

5.1.国際公法[7]によりシベリア北方水域はロシア領に属し、ロシアは同水域の航行に関して規制を設ける権利を有します。北極海航路の航行に関し、特にロシアは次の規制を設けています。

(a)航路使用料の徴収
(b)砕氷船の使用等の航行に際する船舶への規制
(c)強制保険
(d)アイスパイロットの使用義務
(e)北極海航路監督局による認可

5.2.上記より、北極海航路の使用を検討するに際しては、極海域の航行に伴う問題の検討とともに、ロシア法に従った北極海航路の使用に関する問題(船主と用船者間での費用と責任の分担等の問題)も検討する必要があります。


本件に関してご不明な点等ございましたら当組合までご照会下さい。



[1] IMO発行「極海域航行船舶のためのガイドライン」はIMOウェブサイト(http://www.imo.org/Publications/Pages/Home.aspx)から購入することができます。

[2] 詳細については以下のサイトをご参照下さい。http://www.iacs.org.uk/document/public/Publications/Unified_requirements/PDF/UR_I_pdf410.pdf

[6] Hazelwood and Semark on P&I Clubs Lawand Practice at page 97

[7] 国連海洋法条約(UNCLOS)第234条