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インドネシア及びフィリピンからのニッケル鉱の安全輸送について

2011/02/01 第10-026号
  • 外航
はじめに
2010年10月と11月に、インドネシアから中国に向けてニッケル鉱を輸送中であった、Jian Fu Star号、Nasco Diamond号、Hong Wei号の3隻が沈没、44名もの乗組員が命を落とす事故が発生しています。沈没の原因は未だ明らかではありませんが、積載していたニッケル鉱については、含水量が運送許容水分値(Transportable Moisture Limit (TML))を超える場合、微粉鉄鉱石や多くの鉄精鉱と同様、液状化する可能性があることが判っています。貨物の液状化が発生すると、船舶の復原性が失われ、転覆のおそれがあることから、上記の3隻の沈没の原因が貨物の液状化であった可能性は十分に高いと考えられます。

インドネシア又はフィリピンより積載したニッケル鉱の液状化により、幸い沈没は免れたものの、船舶の復原性が失われた事例が他にも多数報告されています。船舶が座礁し、船体に甚大な損傷が発生したケースも報告されています。尚、現在フィリピンにおいてニッケル鉱を積載できる港は、Santa Cruz(Luzon)、Surigao及びTubay(Mindanao)、Rio Tuba(Palawan Island)のみです。
航海中の船体の動揺や、主機などの機器類による振動など、航海中に通常起こる現象が鉱石の液状化の原因となることがあります。

国際P&Iグループはインドネシア及びフィリピンからのニッケル鉱の安全輸送について、2010年11月24日−12月3日開催第88回IMO海上安全委員会(IMO Maritime Safety Committee (MSC))のインドネシアとフィリピンの代表団に対して懸念を表明しました。Intercargoがこれに参加し、ニッケル鉱のように液状化する可能性のある貨物の輸送に係わる危険性とリスクに関する見解を表明しました。更に、Intercargoにより、一部の用船者や船長には、荷送人の申告書や検査書類を独自に検証する機会を与えられることなく、これを受け入れるよう極端な圧力がかけられていることも指摘されました。マーシャル諸島はこれを支持し、また、インドの代表団からは、同国政府がインド積み微粉鉄鉱石の安全輸送のために行なっている改善策について説明がありました。

ニッケル鉱の積載及び輸送に関する懸念事項
インドネシアとフィリピンにおけるニッケル鉱の積荷役及び輸送に関する懸念事項について説明します。

(a)多くの鉱山は港から遠く離れており、荷役/港湾設備は無いに等しい、或いは非常に限られているため、積荷役に使われる設備や方法はきわめて単純なものです。貨物は気象条件に晒され、剥き出しの状態で岸壁に積み上げられます。

(b)これまでニッケル鉱は空気が乾燥し、降雨がごくわずかであるとされていた、2月から5月/6月の間に輸送されるのが通常でした。しかし、ここ数年間の事例報告では、雨季と乾季の明確な境界が無くなっており、乾季においても激しい降雨が発生する場合もあります。よって、以前に比べて、天日乾燥により貨物が乾燥した状態で保たれることは少なくなっています。

(c)鉱山が遠隔地にあることから、サーベイヤー又は専門家が本船に代わって現地に向かい、貨物サンプルを採取することが困難です。

(d)インドネシア及びフィリピンにおいては、検査機関が殆ど無く、大抵、鉱山が独自の検査施設を所有していますが、これが適切に管理され、国際海上個体ばら積み貨物コード(International Maritime Solid Bulk Cargoes Code (IMSBCコード))に従って貨物サンプルを検査しているかどうか究明するのは容易ではありません。監査報告によれば、鉱山の検査施設では正しい検査、サンプリングが行われていない可能性があるとの事です。従って、2011年1月1日付で国際的に強制化されたIMSBCコードにより荷送人が提供を義務付けられる、TMLと流動水分値(Flow Moisture Point (FMP))の証明書などといった証書類の信頼性は疑わしいと言えます。

(e)ニッケル鉱は場所によりその構成や物理的性質が大幅に異なります。貨物が不揃いであるため、全体のTMLや含水量を正確に判断するのは困難となります。IMSBCコードに反して、異なる場所からの不揃いの貨物に対し、荷送人からTML証明書が1通しか提供されない事が頻繁に起きています。

(f)ニッケルラテライト鉱は粘土分を多く含むことから、フローテーブル法によるFMPの検査は主観的で疑わしいものとなる可能性があります。フローテーブル法による検査が適切でないと判断される場合には、IMSBCコード付属書2第1.1.1節に規定のとおり、積地の適切な当局により認められる検査方法を用いなければなりません。

(g)錨地ではバージや輸送艇から貨物を積載することとなります。バージや輸送艇に積載される貨物は岸壁の貯蔵場所にあったものです。貯蔵場所の貨物は、貨物サンプルが採取・検査された後、又は鉱山から岸壁までの輸送中、そして岸壁での貯蔵期間中に、降雨の影響を受けます。IMSBCコードでは、含水量の検査は積荷役の7日間以内と定めていますが、多くの場合でこの期限を過ぎてしまっているのが現状です。

(h)本船に代わってサーベイヤーが貨物サンプルを採取し、別途検査を行った報告は多数ありますが、鉱山での検査結果を受け入れるよう荷送人より極端な圧力がかけられる傾向があります。場合によっては、この"圧力"が身体的な脅迫にほかならないこともあります。

国際海上個体ばら積み貨物コード(IMSBCコード)
IMSBCコードは1974年のSOLAS条約とその議定書に従い発効しました。IMSBCコードでは、ニッケル鉱など液状化する可能性のある貨物を含む、固体ばら積み貨物の安全な積付と輸送に関し、国際的に合意された規則が定められています。IMSBCコードに記載の無い貨物を輸送する場合は、コードの第1.3節が適用されることとなります。同コードは2011年1月1日より国際的に強制化されました。

1974 年のSOLAS条約の附属書第VI/2章では、荷送人は船長又はその代理人に対して、適切な積付と輸送のため、全ての必要な情報を予め提供する義務が定められています。また、IMSBCコードの第4節でも、荷送人に対して、貨物に関する情報を掲示する義務と責任が定められています。

液状化の可能性のある貨物(Aに種別されるもの)については、船積時の貨物の含水量及び運送許容水分値(TML)に関する証明書が掲示されなければなりません。IMSBCコードでは、TMLは流動水分値(Flow Moisture Point (FMP))の90%と定められており、FMPは検査機関において貨物のサンプルを分析することにより決定されるとしています。貨物の含水量がTMLを超える場合は、そのような貨物専用船で無い限り、該貨の積載は拒否すべきです。IMSBCコードでは、ニッケル鉱に関する個別コードは定めていませんが、種別Aの貨物として扱うべきです。

(A)船長の義務

船長又はその代理人は、荷役開始から終了まで常に作業を監視すべきです。また、船長又はその代理人が上述した貨物の必要情報を全て書面で入手するまで、積荷役を開始すべきではありません。SOLAS条約では、貨物の状態により船舶の安全に影響を及ぼすことが危惧される場合、船長は貨物の積載拒否又は積荷役の中止をすることが出来ます。

(B)荷送人の義務
(1)貨物の情報

荷送人は、船長又はその代理人に対し、貨物の安全な積荷役、輸送、そして揚荷役のため、IMSBCコードにより規定される全ての必要情報と書類を、積荷役開始前に十分な余裕をもって提出しなければなりません。(第4.2.1節による)

(2)書類

提出する書類は以下を含めなければなりません。

(a)積載される貨物の含水量を示す証明書/申告書、及び荷送人の知り得る範囲において、その含水量が貨物の平均値であることを示す書面。貨物が複数の船艙に積載される場合は、各船艙における貨物の種類毎に含水量の証明書/申告書を提供しなければなりません。ただし、適切なサンプル採取と検査によって、異なる種類の貨物が輸送する貨物全体に均等にあることが明らかな場合を除きます。
(b)適当な検査機関により分析された貨物のTML及びFMPの証明書。

IMSBC コードでは、通常の貨物については生産工程に何らかの変更がない限り、FMPの測定は積荷役の6ヶ月以内、含水量の測定は7日以内の実施を定めています。しかし、ニッケル鉱のように、性質変化が不規則な貨物の場合は、船積み毎に分析するべきです。荷送人より提出された貨物の含水量の証明書にある数値と含水率が、TMLに近い場合は、船長は充分注意を払う必要があります。もし含水量の測定と貨物の積荷役の間に顕著な降雨があった場合は、荷送人は再度貨物の含水量を測定し、TML未満であることを確認しなければなりません。(IMSBCコード 第4.5.2節による)

(3)検査機関

荷送人は、貨物サンプルの分析がどの検査機関にて実施されたか証明しなければなりません。しかしながら、上記にもある通り、鉱山にて実施された検査結果は疑わしいことから、現地コレスポンデンツ/サーベイヤーによる貨物サンプルの検査を別途行うべきです。

(4)貯蔵貨物

荷送人は、積載予定の貯蔵貨物を特定し、当該貨物のサンプルの含水量が測定され、証明書/申告書が提出されたことを書面で明確にしなければなりません。

(5)バージ

本船まで貨物を輸送するためにバージを使用する場合は、該当するバージが、船長/本船/サーベイヤーにより把握出来る状態になければなりません。

推奨される予防措置
1.全ての貨物の必要情報や書類/証明書が、IMSBCコードや現地の規定に従って荷送人から提供され、船長が貨物の積荷役/輸送を安全と判断するまで、積荷役を開始すべきではありません。

2.冒頭に記載した事故を考慮すると、組合員の皆様には、このような貨物の積載にあたり、積荷役前の時点でどのようにリスクを軽減できるか、船舶管理者と再度ご検討頂くことをお勧め致します。また、船長は貨物の状態に不安な点がある場合は、船長の補佐のため積荷役を開始する前にサーベイヤーを起用することを慎重にご検討下さい。しかし、監督官庁(フィリピンの場合は鉱山局となる可能性が高い)、荷送人、そして用船者に対し、本船側が起用したサーベイヤーは、IMSBCコード及び現地の規定による荷送人の責任を免除するものではないことを明確にしておく必要があります。

サーベイヤーの起用の条件としては以下を含むものとなります。

(a)IMSBCコード及び現地の規定により船長に課せられる義務遂行の補佐のため。

(b)荷送人と緊密に連携をとり、積載予定の貨物を確認し、またIMSBCコードの第4.4節及び第4.6節の規定に従い、貨物のサンプルが適切に採取、分析されたかどうか確認するため。

(c)船主側が独自に貨物分析を行うためのサンプル採取。通常これは国外での検査となります。

(d)専門家と連携をとり、検査機関が実施する分析がIMSBCコードの付属書2に従うものであるかどうか確認するため。

(e)荷送人の証明書と船主側で行ったTMLと貨物の含水量の測定結果の比較を行うため。船長は、貨物の含水量の証明書が鉱山の検査機関によるものであったり、含水量の数値がTMLの数値と近い場合には、十分注意を払うべきです。もし含水量の測定と貨物の積荷役の間に顕著な降雨があった場合は、荷送人は再度含水量を測定する必要があります。

(f)積荷役開始から終了までの間、天候状況やバージ/作業艇の貨物に含水量の高い貨物が無いか監視するため。

(g)もし更なる含水量測定、或いは缶テストが行われる場合は、必要に応じて積荷役を中止するため。(IMSBCコード 第4.5.2節及び第8.4節による)

(h)積載予定の貯蔵貨物、或いはバージを監視し、指定/分析されたものと同一であることを確認するため。これには、積載予定の貨物があるとされるバージを厳密に確認し、一致させる必要があります。

(i)雨天の場合、積荷役を確実に中止させるため。

(j)貨物がバージや作業艇より船積みされ、貨物の含水量が懸念される場合、特に顕著な降雨があった場合などで、缶テストを実施するため。缶テストについては、IMSBCコードの第8節に記載されており、貨物の状態が懸念される場合、船長はこれを実施することが出来ます。しかし、この測定は、検査機関による測定を行うという荷送人の義務を置き換えたり、免除したりすることを意味するものではありません。第8節に記載のとおり、もしサンプルに、水分を含んだ平らな表面が見られ、液状化が疑われる場合には、積荷役を認める前に検査機関で含水量の測定を行うよう定められています。しかし、缶内部のサンプルの状態や含水量を正確に把握することは困難であることから、缶テストのみを根拠として、貨物を受け入れるべきではありません。このテストにより貨物が輸送に不適切であることを示すことはできますが、貨物が輸送に適しているか判断するためには、正式な検査機関での測定が必要となります。

3.船長、又はサーベイヤーが、積載予定の貨物が輸送に適していることを示す書類へのサインを求められた場合は、これを拒否すべきです。IMSBCコードでは、その義務は荷送人に課せられており、船長がサインしてしまうことで、後に事故が発生した場合の荷送人に対する請求権を侵害する虞があるためです。

4.船長、サーベイヤー、又は専門家に対して商業的な圧力や脅迫がある場合は、国際P&Iグループによりインドネシア/フィリピン当局に対して当該事例を問題として取り上げるため、当組合にご相談下さい。

5.ニッケル鉱の輸送にあたっては、用船契約書に適切な条項を記載するなど、実際に契約を締結する前に、契約上の権利を保護することが大切です。同様に、 IMSBCコードにより定められている権利の適用、サーベイヤーの起用や、貨物サンプルの分析を行う権利などを覆すような用船契約を締結するべきではありません。

6.インドネシア又はフィリピンにて積載するニッケル鉱に関する契約や安全輸送について問題がある場合は、当組合にご相談下さい。

IMSBCコードへの順守を怠った場合
IMSBC コードの順守を怠った場合、人命損害、環境汚染や、資産の喪失などの可能性に加え、当組合のてん補を受けられなくなる可能性があることもご留意下さい。国際P&Iグループに加入する全てのクラブにおいて、著しく危険な航海により発生した責任及び費用は、てん補対象から除外するといった内容の規定があります。

なお、国際P&Iグループの全てのクラブが同様の内容の回章を発行しています。