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比国最高裁は補償される船員の疾病は職業上のものに限るという決定を下した

2004/10/20 No.513
  • 外航
(フィリピンのコレポンDel Rosario & Del Rosarioからの情報より)

船員クレームに関しフィリピンの最高裁が画期的な判断を下しましたので、以下判例(Gau Sheng Phils,Inc. et.al. vs. Estrella Joaquin, G.R. No.144665, September 8, 2004Case No.2001Da82507)をご案内申し上げます。

-概要-
船員は乗船してから28日後に疾病により本国へ送還され、8ヵ月後に慢性腎不全のため死亡した。彼は旧POEA標準雇用契約で雇われていた。遺族は死亡給付金を求める訴訟を提起したが、最高裁は船主が支払いの責めを負う補償は職業に起因する疾病に限るとの判断を下し遺族の訴えを退けた。判断理由として、腎不全が職業に関連して発症したことを示す治療記録や診断書が一切提出されていないことや、雇用契約や労働補償委員会では腎不全は職業病と認定されていないことを挙げている。更には、船員が乗船前検診(PEME)にて“Fit to Work”と診断されていても、そのことが直ちに腎不全が乗船中に発症したことを示す証拠にはならないとも判示した。

-事実関係-
船員は旧POEA契約のもと本船“BESTOW OCEAN”に乗船した。彼は1993年9月23日に乗船するも28日後に疾病により下船し、治療のためにフィリピンの自宅に帰った。そして8ヵ月後に慢性腎不全により死亡した。

労働仲裁人の裁定:
寡婦は夫が雇用期間中に腎不全になり、また、雇用契約の有効期間内に死亡したことを理由に船主に対して死亡給付金の支払いを求めた。船主は僅か28日間の乗船期間中に腎不全になったとは考えられないと責任を否定し、それに対して寡婦は反証することが出来なかった。しかしながら、労働仲裁人は乗船前検診にて船員に障害が認められなかったことを理由に、腎不全は雇用期間中に発症したものとする寡婦に有利な判断を下した。

労働関係委員会(NLRC)の裁定:
NLRCは船員が帰国後の診断書を提出していない点や船員が雇用前に腎臓障害を患っていた可能性が否定できない点に言及し、死亡証明書以外の書類が提示されていないことから雇用期間中に発症した証拠がないとして労働仲裁人の裁定を覆した。

控訴審の判決:
寡婦は控訴し、控訴審はNLRCの裁定を覆した。控訴裁判所は雇用前の既往症であってもそれが船員の死亡原因になった場合は、雇い主である船社は船員の遺族へ死亡給付金を支払う責任を負うと裁定した。また、本件では船員の仕事と彼を死に至らしめた腎臓疾患との間に少ないながらも関連が認められると判示し、更には、POEA契約は船員とその扶養家族の利にかなうように適用されるべきとの見解も示した。

最高裁の判決:
船主は最高裁判所へ上告し、最高裁判所は以下の理由により控訴審の判決を覆した。
1.旧POEA契約によれば、死亡は契約期間内に発生したことが条件とされているが、船員は関係者の同意のもと1993年10月21日に下船しており、契約は同日をもって失効したものと見做される。船員が1994年6月25日死亡した時点ではもはや被雇用者ではなく死亡給付金を受取る権利を有しない。

2.死亡給付金が支払われるのは、死亡と仕事の間に相当因果関係があったことを示す決定的な証拠がある場合や死に至った疾病が職業病と認定されている場合、または職場環境が発症危険を増大させていた場合に限られる。慢性腎不全は標準雇用契約同様、労働補償委員会でも職業病として認定されていない。

危険増大論を用いるには、請求者は仕事と死亡の相当因果関係を、もしくは職場環境が発症危険を増大させていたことを証明する必要がある。本件では船員の通院・治療記録が提出されていないため論外である。

3.乗船前検診において障害が認めらなかったからと言って、乗船期間中に発症したものであると判断することは出来ない。また、船員が受けた乗船前検診が腎臓疾患を発見出来るほど精密なものとは思われない。

-結論-
最高裁判所は、本件では船員が下船後数ヶ月経ってから死亡しており、死亡原因となった疾病が乗船中に発症したものと同一であると断定できないこと、また、職場環境が船員の死を招いた疾病を誘発する状況にあったとは考えられないことから、それらを立証する証拠が提出されない限り寡婦は船員の死亡給付金を受取る権利を有しないとの判決を下した。