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【コラム】EU/英国/米国の対ロシア制裁概要

2024/12/20

 

 

 

 

 

 

 


Royston Deitch (英国弁護士、ACII)

Executive Representative, Head of IG Matters/General Manager of Reinsurance and Regulatory Affairs Dept.

 
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本コラムは、一般社団法人 海運集会所発行の「海運」202411月号「【特集】海上保険~社会的要請に応えるために~」に寄稿したものに、2024年12月16日現在の最新情報「EU対ロシア制裁 第15次制裁パッケージ」の内容をつけ加えたものです。


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はじめに

「制裁(sanction)」は「神聖かつ不可侵の法律や法令」を意味するラテン語(sānctiō)に由来し、英語では「許可」と「抑止するために罰則を科す」という相反する2つの意味を持つ。20222月のロシアのウクライナ侵攻後に海運業界に課された制裁は、明らかに後者の意味である。

 

ロシア産原油等に関わる上限価格措置(プライスキャップ制度)

2022125日、英国およびEUへのロシア産原油の輸入、それに関わる保険などのサービス提供が禁止されたが、全てのロシア産原油の輸送が禁止されたのではなく、G7各国およびEUは同日に例外措置としてプライスキャップ制度を導入した。英国政府のガイドラインのとおり、この例外措置により、石油や石油製品が設定価格以下で購入または販売された場合に限り、船舶によるロシア産原油および石油製品の供給または輸送、ならびに関連サービスの提供が許可されることになった。制裁に違反せず輸送できるロシア産原油の上限価格は、1バレルあたり60ドルである。

 

プライスキャップ制度の目的

20231016日、プライスキャップ制度の目的について、米国財務省のエリック・ヴァン・ノストランド経済政策代理補佐官は「世界のエネルギー市場へ十分な供給を維持し、グローバル経済に悪影響を及ぼす価格ショックを回避すると同時に、ロシアがウクライナでの違法な戦争を継続する資金調達力を制限すること」と述べた。戦争が長引くにつれ、規制は強化され、船主やその他の関係者に対する制裁遵守への要求が高まっている。

 

包括貿易許可(GTL: General Trade Licence)の変更

例えば、20223月に英国政府が発行した包括貿易許可は、ロシアの港への寄港やロシア領海を航行する船舶に対し、記録の保持を条件として、英国の保険者に保険提供を許可していたが、2022124日に新たな包括貿易許可(INT/2022/2469656)が発行され、記録すべき情報の範囲が拡大された。これにより船舶のロシア寄港やロシア領海を航行したか否かにかかわらず、英国の保険者は、ロシア産原油または石油製品の輸送については、ロシアから第三国への輸送、ロシア以外の港からの輸送、もしくは船舶間での積替え(STS: ship-to-ship)を介しての輸送のいずれの場合においても、その記録保持が求められるようになった。

 

宣誓書(Attestation

当局に提出する情報は宣誓書の形式で提出する必要がある。当初は年に一度だった宣誓書の提出は、20231220日に発表された「プライスキャップ制度規則更新に関する連合声明」によって20242月から一航海ごと、すなわち船舶がロシア産原油を積載するごとに宣誓書の提出が必要となった。また、STSの場合も新たな航海として追加の宣誓書の提出が必要となる。

 

階層(Tiers

2024126日のEUのガイドラインでは、P&Iクラブや保険者は、通常業務で価格情報に直接アクセスすることはない「ティア3Aの関係者」とされ、ロシア産原油またはロシア産石油製品積載ごとに30日以内に宣誓書を取得する必要がある。船主も「ティア3」に分類される一方、価格情報に直接アクセスできる商社や用船者は「ティア1」または「ティア2」に分類される。情報に直接アクセスする関係者は、船主およびP&Iクラブの要求に応じて付随費用に関する項目別の価格情報を提供しなければならず、船主は付随費用の情報を30日以内に入手できる権利を確保しなければならない。

 

付随費用に関する情報

付随費用は様々であるが、ガイドラインでは、一般的なCIF(運賃保険料込み)条件およびFOB(本船渡し)条件に関しては、以下の項目が含まれるべきとしている。

 

CIF(運賃保険料込み)条件:

  • 費用:輸出許可、製品検査、物品の輸送および積込費用、梱包費用、通関費用、関税および税金、物品の損傷または破損に対する補償、積載、輸出港での港湾使用料および港湾サービス料金。
  • 保険:物品が目的地の港に輸送されるまでの貨物保険費用。
  • 運賃:売主の港から買主の目的地の港に到着するまでの海上または水路輸送にかかる運賃。
  • その他の費用:法律に則った取引であることを証明するために必要なその他の費用。STSのための補助的なサービス提供に関連する費用などを含む。

 

FOB(本船渡し)条件:

  • 輸出品梱包費用、輸出品積込費用、港への輸送費用、輸出税、関税およびその他の関連費用、商品の積込に関連する転送、取扱い、積込費用など。

 

デューデリジェンス

船主は宣誓書の情報をその記載どおりに信頼すべきではない。2024126日のEUガイドラインによると、船主は、顧客から提供された宣誓書を合理的に信頼できるまで必要なデューデリジェンスを尽くすことが求められる。

 

EU規則は、事業者は自社の業務の特性に応じて晒されるリスクに応じたデューデリジェンスを尽くす必要があると規定している。直接価格情報にアクセスできない「ティア2」または「ティア3」の関係者が、ロシア産石油が価格上限以下で輸送されたとする宣誓書を信じることが合理的といえるまで必要なデューデリジェンスを適切に尽くせば、その宣誓書が誤っていたと判明した場合でも、違反とは見なされない。

 

適切なデューデリジェンス

英国政府の202421日付「コンプライアンスおよび執行に関する注意喚起」では、「適切なデューデリジェンス」と「強化されたデューデリジェンス」に関して論じている。「適切なデューデリジェンス」として、利害関係者は「プライスキャップ制度回避の兆候」を監視する必要がある。

 

この警告では「ビジネス・インテリジェンスや他の情報、または市場評価がロシア産石油や石油製品の価格が上限を超えていることを示している場合、利害関係者はサービス提供をせず、関連当局に通知すべき」としている。

 

制度の回避手段

警告されているプライスキャップ制度の回避手段には以下の方法がある。

 

  • 文書、宣誓書の改ざん
  • 不透明な運送費用、付随費用
  • 複雑で不規則な顧客の企業構造
  • 船籍の変更
  • 「シャドー」フリート(闇の船団)の利用
  • 不規則な航海
  • 正当な理由がある場合もあるが、船舶自動識別装置(AIS)をオフにするなど

 

業界の利害関係者にとっての適切なデューデリジェンスには、プライスキャップ制度回避の警告サインを監視するための効果的な制裁コンプライアンスプログラムも含まれる。効果的な「顧客情報管理(KYC: Know Your Customer)」および「顧客の顧客情報管理(KYCC: Know Your Customer’s Customer)」の手順が必要で、「顧客情報管理」は、船舶の最終的な受益所有権者を特定し、ロシア関係者との繋がりを確認する必要がある。さらに、利害関係者は不法行為の可能性のある「不完全、不一致、または以前に共有された情報や公に利用可能な情報と矛盾する」文書に対してリスク評価を行う必要がある。請求書や契約書などの書類は、ロシア産石油が関連するプライスキャップ上限額以下での購入を証明する証拠として保持される必要がある。その他の書類も提供された情報の裏付けとして確認すべきで、例えば船舶国籍証書などは、保険関連書類の内容と一致する必要がある。

 

強化されたデューデリジェンス

「強化されたデューデリジェンス」とは、追加の精査を意味し、頻繁に売却または再登録された船舶や、複雑で不規則な所有構造を持つ船舶または実質船主を隠す企業や「通常ではない不透明な行為」に関わる企業が対象の取引に適用される。

 

プライスキャップ制度違反の罰則

プライスキャップ制度規則に違反すると非常に厳しい罰則が科される可能性がある。20242月に英国財務省の一部署である英国金融制裁推進局(OFSI: Office of Financial SanctionsImplementation)によって発行された業界ガイドラインに記載されている罰則は、警告、罰金、刑事訴訟および懲役まで多岐にわたる。

 

また、制裁を科す際、OFSIは犯罪の証明のため「合理的な疑いを超える」立証をする必要はなく、「可能性のバランス」に基づく違反の発生を示すだけで十分である。

 

禁止行為の違反の程度を推定できる場合、OFSIが科す最大の罰金は1,000,000ポンドまたは違反の推定価値の50%のいずれか高い方となり、それ以外の場合は上限1,000,000ポンドとなる。

 

米国の立場

米国については、プライスキャップ制度違反に対する罰則には米国内の企業が所有するすべての財産および利益へのアクセスの遮断が含まれる。

 

多くの保険会社、再保険者、銀行は米国領域内に拠点を置き、米国法に基づく金銭消費貸借契約を締結しているため、米国の状況を考慮することは重要である。

 

米国のプライスキャップ制度関連法の例として、20221121日と202323日に大統領令140711(a)(ii)節に基づく命令がある。最初の決定で、ロシア産原油の海上運送に関連する船積み、保険、再保険、P&I保険などのサービスが禁止された。次の決定は、ロシア産石油製品の海上輸送に関するものであった。

 

また、202323日に米国の財務省外国資産管理室(OFAC: Office of Foreign Assets Control)が包括貿易許可57AGL57A)を発令した。GL57Aは、大統領令14071の決定で禁止されたすべての取引を認可したが、これは「船員の健康や安全、または環境保護に関する船舶の緊急事態に対処するために必要な場合」に限られ、ロシア産原油や石油製品の取引を許可するものではない。

 

用船契約の制裁条項

BIMCO(ボルチック国際海運協議会)は、船主、P&Iクラブ、法律事務所、および用船者の代表で構成される起草委員会によって、プライスキャップおよびその他の制裁関連事項に関する条項を公表している。

 

プライスキャップ制度条項

2024年のプライスキャップ制度条項では、船主と用船者に適用される権利および宣誓書や、要請される付随費用と価格情報の提供など順守すべき義務、用船者の宣誓書、遵守、付随費用と価格情報提供、不履行について規定している。例えば、用船者は、用船契約の下での船舶の使用が常にプライスキャップ制度に準拠していることを保証し、不履行が発生した場合や船主が違反を疑う合理的な根拠がある場合、船主は用船契約を終了する権利を有する。

 

定期用船・航海用船契約の制裁条項

BIMCOの制裁条項は、航海用船、定期用船、その他の用船契約、コンテナ船定期用船を含むさまざまな契約に制裁条項を設けている。これらの条項では、船主と用船者の双方が、用船契約期間中は自らが制裁対象団体でないことを保証し、一方当事者の違反がある場合、他方当事者は用船契約を終了、また違反によって生じた損害の賠償請求をすることができる。当事者の権利と義務は、すべての用船契約と同様、特定の契約および条項に依拠することとなる。

 

商事金銭消費貸借契約

20222月以降、EU、英国、米国の対ロシア制裁は、商事金銭消費貸借契約に重大な影響を与えている。これらの制裁は、例えば、英国では20221216日の「ロシア(制裁)(EU離脱)(修正)(第17号)規則」、EUでは20231218日の「理事会規則(EU2023/2878」、米国では非常に広範な「大統領令14024」の改正に規定されている。また、敵対者に対する制裁措置法(CAATSA: Countering America’s Adversaries Through Sanctions Act)第228節は、制裁対象のロシア企業との重大な取引を促進する非アメリカ人に対し二次制裁を課すことができるとしている。措置の目的は、ロシアの債務者の国際金融へのアクセス能力をさらに制限することである。

 

すべての規則は、特定のロシアの銀行、企業、および個人との取引を制限または禁止しており、制裁対象者を含む送金・入金が困難または不可能になる。

 

金銭消費貸借契約の制裁条項には、債務者が制裁対象の場合、債権者による契約終了や、早期返済の要求が容認できる場合がある。制裁違反に対する法律上およびコンプライアンス上のリスクが増大し、特に制裁違反には厳しい罰則が伴うため、債権者は制裁対象の企業と意図せず取引しないよう、強化されたデューデリジェンスを尽くす必要があり、これには債務者、関係者の所有および支配構造に関する徹底的なチェックも含まれる。

 

EU、英国、米国(外国資産管理局、OFAC)など、各制裁発行機関は詳細なコンプライアンスガイドラインを提供している。

 

EU対ロシア制裁 第15次制裁パッケージ

2024年12月16日、EUはウクライナ侵攻に起因するロシアに対する第15次制裁パッケージ を発表した。EUの目的は、ロシアの影の船団を標的にすることで、「EU制裁の回避に対処すること」である。新たな措置には84件のリストが含まれ、そのうち54件は個人であり、朝鮮民主主義人民共和国の国防相も含まれている。残りの30件は、原油や石油製品の輸送を担うロシアの海運会社などの事業体である。また、52隻の船舶が、港湾へのアクセスと海上輸送関連サービスの提供を禁止するリストに追加された。

新たな措置の中で、本稿のほかの箇所で論じられているOPC関連の制限を緩和するものは見当たらない。

 

おわりに

ロシアとの取引には、刑事罰の可能性のほかにも、厳しい法的制限が多い。P&Iクラブの組合員は、適用される制裁措置に違反するいかなる取引も、保険てん補を受けられないことを認識しておくべきである。従って、リスクの高い取引に従事する前には、貿易サプライチェーン全体の関係当事者、貨物、船舶およびその他のサービス提供者に関し、徹底的なデューデリジェンスを尽くすことをお勧めする。