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制裁-最近の偽装行為による手法

2022/02/02 第21-016号

はじめに

2010年以降、世界貿易の90%が海上輸送によるものであることを反映して、多くの制裁措置が海運および関連産業に向けられてきました。

 

本特別回報の目的は、各国政府や国連などの国際機関による制裁制度に反する活動に従事している当事者が行っている最近の偽装行為による手法について、組合員の皆さまに知っていただくことにあります。

 

 

最近確認されている制裁違反者による偽装行為による手法

貿易制裁は各国政府が個々の外交政策の目的を推進するために広く適用されていますが、以下の国・地域が海上貿易における活動規制という観点から特に重要です。

 

  • イラン
  • シリア
  • ベネズエラ
  • 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)
  • クリミア
  • キューバ
  • ベラルーシ

 

国際的および国内の貿易制裁に違反して取引される貨物は、増加傾向にあるようです。イランからの石油輸出は、当初は一連の制裁措置によって大幅に制限されていましたが、米国のJCPOA離脱直後は1日あたり推定34万バレルであったものが、20213月には1日あたり130万バレルに増加していると考えられています[1]。ここ数週間に、イランおよびベネズエラのアジア市場向け石油貨物のスワップ取引が広く報道されました[2]。国連安全保障理事会の北朝鮮専門家パネルは、20219月に、国連北朝鮮安全保障理事会の専門家委員会は、海運および北朝鮮を巻き込んだ広範な国連制裁違反について詳述した中間報告書を発表しています。報告書はこちらよりご覧いただけます。

 

制裁回避に利用される手法には、数年前から使われてきたものもあれば、ここ1年半の間に広まった新しいものもあります。いずれも、船舶、貨物、地理的位置や航行活動を特定する情報を混乱させたり、隠蔽したりすることで、監視や摘発から逃れようとしており、このような方法により、船主やその取引相手は、不注意にも制裁貨物の輸送に利用されてしまうというリスクにさらされています。

 

制裁回避の手法の例として、以下のようなものがあります。

 

  • 船舶の位置を偽装し、船舶のデジタル識別情報を変更するために、船舶の自動船舶識別装置(AIS)を操作する。
  • 実際の船舶の外観を変更する。
  • 船舶や貨物に関する書類を改ざんする。
  • 貨物が制裁対象国原産であることを隠蔽するために、船から船への積み替え(STS)を何度も行う。

 

これらの手法は、コンプライアンス体制を適切に実施する枠組みを持たない船主にとって、制裁対象貨物の輸送に船舶が利用されてしまうリスクがあります。

 

AISの操作

 

国連の報告書や米国・英国のガイダンス[3]では、適切なコンプライアンス体制の一つとして、船舶のAIS信号の送受信を監視することの必要性が特に強調されています。

 

しかし、AIS技術やそのハードウェア・ソフトウェアが設計された目的は、他船の動向を監視することではなく、沿岸海域にある船舶を確認し、衝突のリスクを最小化することにありました。AISの機能は安全促進を目的としているため、送信された信号に対する操作を防ぐようには設計されていません。また、船舶の安全と危機管理のためにAISを停止することは依然として合法です[4]

 

信号を操作したり、停止したりすることが可能であることから、AISは制裁違反を行う者に悪用されやすいのです。AIS送受信機には、偽造データの送信を防ぐためのセキュリティ機能が内蔵されていますが、この機能はメーカーによって異なり、機能によっては回避できる可能があります。機種によっては、パスコードを用いてエンコード内容を変更することができますが、パスコードは必ずしも十分に保護されているわけではありません。

 

AIS送受信機に直接手を加えるだけではなく、複数のAIS送受信機を購入し、1隻の船舶から複数のAIS信号を作成するという手法もあります。船舶の識別情報を改ざんし、船舶を物理的・デジタル的に偽装する手法は、ますます一般的になってきています。

 

現在使われている手法には以下のようなものがあります。

 

  1. AISの電源を切る

AISの電源を切ることはSOLASを条約によって許可される場合もありますが、制裁逃れに関与している船舶は、その位置や動向を隠すために、そのようにすることがあります。最先端ではない制裁違反者の間では、船長がAISの電源を切ることに正当な理由がある、あるいは適切に送信された信号であっても受信されないかもしれないという弁解に頼るのが、現在もなお一般的な手法です。

 

したがって、瀬取りに従事する組合員は、相手船のAIS送信履歴に空白期間がないかどうかを監視することが推奨されます。相手船を監視するためには、AIS監視プラットフォームや民間企業が提供しているサービスがあり、AIS信号送信の空白期間に違法行為が行われていたかどうかを検証するためのAI技術が使用されています。

 

単純な例として、オマーン湾に入る際にAISの電源を切り、制裁対象の貨物を積載またはSTSのあとに再びAISの電源を入れることによって、制裁を回避しようとする場合があるかもしれません。より巧妙な手法は、AISの電源を切る前に、船舶の真の航路を偽装するために、違う航路をねつ造することもありえます。

 

  1. GPS/GNSSの操作(位置情報のなりすまし)

船舶がAISから発信する位置情報を改ざんし、船舶が実際にいる位置を偽装する制裁違反者もいます。

 

GPSGNSS(全球測位衛星システム)なりすましの最も初歩的な例は、同じ位置でAISの更新を繰り返すことです。 より巧妙な手法としては、AISがいかにも現実性のありそうな信号を発信することによって、衛星画像、実際の船舶の目視、合成開口レーダー(SAR)の記録といったその他の情報と照合してみないと、偽造された信号であるかどうかを特定することができないという場合もあるでしょう。国際P&Iグループ(IG)は、GPS/GNSSのなりすましによって、制裁違反を行っている船舶の真の位置を隠す事例が増加していることを懸念しています。

 

船舶が実際にある位置を特定するために必要とされるデータセットを検証することのできる AIS 監視プラットフォームの専門業者との契約を検討されてもよいかもしれません。

 

  1. AISの悪用と他船の識別情報の複製

他の船舶の識別情報を複製するためにAIS送信が使用される事例が増えています。船舶は、MMSI番号(海上移動業務識別コード)を送信することがありますが、複数の船舶がMMSI番号を使って通信している中で、制裁違反を行っている船舶は、AISの更新によって生じるノイズに隠れたり、他の船舶の識別情報を複製する際に、制裁対象ではないというその船舶の情報を悪用したりすることができます。

 

身元が偽装された船舶は、無作為に選ばれた無実の船の場合もあれば、制裁違反に加担している(自身の識別情報を事前に取り決めた場所で制裁違反船に引き渡し、制裁違反船はそこからAISを再開する)場合もあるでしょう。

 

船舶の識別情報の改ざん

 

船舶の識別情報を偽装するために、制裁違反者によってますます巧妙な手法が用いられています。

 

  1. 船舶の外観の物理的な変更

衛星画像やその他の監視技術は、制裁違反船舶を特定するために民間や軍の監視者によって使用されています。 制裁違反者は、自動分析を妨害するために、甲板や船体の色などの船舶の特徴を変える事例が増えていくでしょう。また、特徴的な構造物が防水シートで覆われることもあるかもしれません。

 

  1. 船舶の識別情報の物理的な変更

最近の多くの出版物[5]は、船舶に表示されている船名やIMO番号が書き換えられた事例を紹介しています。AIS信号や全ての関連書類において偽の識別情報が使用される例もあります。解撤のために売却され、4年前に解撤された船舶の名前が、AIS信号や貨物関連の書類の作成に使用された例が最近報告されています。

 

  1. 登録番号の改ざん

また、IMOに登録された新しい識別番号を用い、船舶が「クリーンな」識別番号と偽装して取引を行おうとした事例も確認されています。

 

虚偽の書類

 

貨物の出所について関係者や各国を欺くために、船舶や貨物に関する虚偽の書類を作成するという手法が、AIS の操作と併せてよく見られます。貨物書類には、虚偽の貨物の原産地や特性が記載され、制裁違反を行う船舶についても偽りの船名や識別情報が書き込まれます。

 

このような書類に使われる識別情報として、虚偽の船籍が記載されることがあり、制裁回避にとって有利ないくつかの旗国が利用されます。具体的には、こうした旗国は容易に連絡を取る手段がなく、詳細を確認することが困難です。偽の旗国登録のいくつかは存在しないか、または外国船舶の登録に門戸を閉ざしている可能性があります。また、短期間に頻繁に船籍を変える「フラッグホッピング」にも注意が必要です。

 

また、船舶の運航に制裁対象者が関与していることを隠すために、ダミー会社や複数の所有・管理形態を含む複雑なビジネス構造を使用する手法も見られます。船舶の所有権や船舶の管理を頻繁に変更するとも、何か悪いことを示す兆候かもしれません。船舶を購入し、高リスク地域から1航海のみを行い、その直後に新しい所有者に船舶を譲渡することを繰り返すという事例が確認されていますが、制裁違反取引に組織的に関与している者が存在している可能性があります。

 

書類が虚偽であることの証明は、例えば、貨物を積載したとされている期間に実際に寄港していたことが記録されているかなど、複数の情報源をチェックすることを要し、非常に困難です。組合員は、当該港の信頼できる現地代理店に確認することができます。

 

船から船への貨物の積み替え(STS

 

STSは、現在、事情を知らない船主に大きなリスクをもたらしています。貨物の本当の出所を偽装するためにSTSが利用される可能性があるからです。貨物を何度も積み替え、他の貨物と混載し、さらに虚偽の書類と組み合わせられることで、本当の貨物を特定することは極めて困難になります。

 

またIG加盟クラブは、より巧妙な制裁違反者は衛星画像がいつ収集されるかを知っており、違法な STSを計画する際にこれを考慮に入れていた事例にも遭遇しています。

 

合法的なSTSが行われている海域において、違法貨物の出所をごまかすSTSを行い、貨物の虚偽表示と一致させるという手法もあります。例えば、イラン産の石油はイラク産とよく表記されており、ペルシャ湾や東アジア地域で行われるSTSは、イラク産の石油取引における慣行と合致します。

 

STSの作業は別々に見るべきではありません。たとえ本船のSTSが合法であったとしても、相手船が以前に制裁貨物を輸送した船舶とSTSを行っていた場合には、制裁対象となる可能性があります。

 

 

制裁違反の結果

多くの制裁関連法は、船主やその他の当事者が、違反が発生する前に相当の注意を尽くしたかどうかを問題としています。しかし、実際には、各国は船主がその制裁体制の下で違法とされる貨物を輸送していたと発覚した場合、船主のコンプライアンス手順を必ず斟酌するとは限らず、船主に対して不利な措置を取ることがよくあります。各国は、制裁違反者がその対象となる刑事司法制度を通じてのみ、または制裁違反行為が他国で行われた場合は、制裁対象者としての指定・制裁対象リストにより制裁を執行することができます。制裁対象者として指定されると、銀行、用船者、保険会社などの第三者がその者と取引することは違法とすることができます。

 

制裁違反行為との関連性が報道等により公にされると、非常に大きな損害になりかねません。IGは、制裁違反の嫌疑をかけられた船舶が、根拠のない嫌疑であるにもかかわらず、港への入港や銀行サービスの利用を拒否されたり、船籍登録を抹消されたりする事例を見てきました。

 

違法な取引に対して、クラブの保険カバーは適用されません。また、当該取引自体は合法であったとしても、保険の提供によりクラブが制裁リスクにさらされたり、制裁に違反したりする可能性がある場合には、保険契約が解除されることがあります。

 

組合員の皆さまにおかれましては、米国のMaritime Advisoryや英国OFSI海事ガイダンスをご参照いただくとともに、不注意による制裁違反のリスクを最小限に抑えるためにAIS制裁ソフトウェアの専門業者との契約を検討されてもよいかもしれません。

 

国際P&Iグループの全てのクラブが同様の内容の回章を発行しています[6]

 

 

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[1] Iran Sanctions(米国議会調査局)https://crsreports.congress.gov RS20871

[2] "米国の制裁下で、イランとベネズエラが石油輸出契約を締結" ロイター通信 2021年9月25日

[3] 米国の国務省、財務省外国資産管理局(OFAC)および沿岸警備隊は、関連業界のデューディリジェンス体制を支援するため、2020年5月にGlobal Maritime Sanctions Advisoryというガイダンスを公表し、船主、旗国、船級協会、銀行、保険会社を含む海運関連部門に対してコンプライアンスに関する指針を提供しています。英国金融制裁推進局 (OFSI)も同年7月に、英国の海運部門で活動する事業者や個人のコンプライアンスへの理解が深まるように、海事ガイダンスを発表しました。いずれのガイダンスも、包括的な制裁遵守プログラムを企業の運営実務に適切に組み込むことの重要性を強調しています。

[4] 1974 年の海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS)の規則V/19 は、国際航海に従事する総トン300トン以上のすべての船舶、国際航海に従事しない総トン500トン以上の貨物船、大きさにかかわらず客船について、規則 V/19.2.4 で規定された船舶自動識別装置(AIS)を装備することを義務付けています。 AISを解除できる状況については、IMO決議A.917(22)のパラグラフ21をご参照ください。SOLAS規則V/34-1 "船主、用船者、規則 IX/1 に定義される船舶を運航する会社、またはその他の者は、船長が専門的判断により、海上の人命の安全及び海洋環境の保護に必要な決定を行うことまたは決定を実行することを妨げたり制限したりしてはならない。"

[5] “Unmasked. Vessel Identity Laundering and North Korea’s Maritime Sanctions Evasion” C4ADS 2021; 国連安全保障理事会 北朝鮮専門家パネル 中間報告書S/2021/777

[6] 本特別回報の発行にあたり、技術的なご助言をいただきましたGeollect Limitedに感謝いたします。

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